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【小説レビュー】古川日出男「サマーバケーションEP」が胸に迫りすぎた件

好きすぎて、逆にいい小説かどうかはよく分からない小説がある。冒頭からツボにハマって、読み進めるうちにいろんな思いが共鳴して、あっと言う間に読み終わる。中身のことはよく覚えてない。ただ、すごく好きだったことだけが分かる。

 

僕にとってそんな小説は、古川日出男の「サマーバケーションEP」である。

 

サマーバケーションEP (角川文庫)

サマーバケーションEP (角川文庫)

 

(↑Amazonのリンクです)

古川日出男は、何重にも色を重ねて塗りたくったような、厚みのある描写が永遠に続くような長編(「アラビアの夜の種族」など)が持ち味だったように思うけど、この作品は少し違う味。

 

まだ動画になる前のアニメの絵コンテ、というか。その場にあった楽器と録音機材だけで作った、歌詞の決まってない曲のデモテープ、というか。ミニマルなテイストの中編(というか、長めの短編)。

 

小説の内容はシンプル。文藝春秋の紹介文を引用する。

 

その冒険は、井の頭公園からはじまる

生まれつき他人の顔を憶えられない青年が、神田川の源流から河口までを歩く——偶然出会った人々と連れだちながら。うつくしい夏の物語

 

『サマーバケーションEP』古川日出男 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS

 

本当に、ただこれだけの物語なのだ。神田川の源泉(井の頭公園)から河口(隅田川と合流して、晴海埠頭の辺り)まで、主人公たちが歩いていく。

 

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必然と偶然のせめぎ合いを縫って歩く

僕が好きだったのは、井の頭線と神田川が並行していたのが、少し離れたり、また隣り合ったりしながら結局は分かれてしまうところ。

 

川は、上流から下流へ流れていく。そのルールは変わらない。でも、人間の都合でちょっとだけ流れを変えられたりもする。電車は、ある地点からある地点まで、まっすぐ進んでいく。でもやはり、完全に直線というわけではなくて、少しずつ湾曲していたりする。

 

不変の性質で決められたラインが、ランダムに折れ曲がる様子。それが、近づいたり離れたりする様子。川も、電車も、道も、電線も、必然と偶然のせめぎあいで今の姿にある。

 

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神田川沿いに、僕にはいくつもの思い出の場所がある

・ 入学後1週間で行かなくなった大学。親にサボってることがバレないように一応は家を出て、公園のベンチで本を読んで時間をつぶした。(井の頭公園)

 

・自主制作の映画で、「川沿いの道を歩く男女」みたいなシーンを撮影した。(高井戸)

 

・ちょっと好きな子と2人で飲みに行って、そのあとちょっと2人で歩いて、その子が帰ってから1人で歩いた。(高田馬場)

 

・大学の空き時間に、人のいない方いない方へと歩いていったら川を見つけた。(早稲田)

 

・「ミニカーが実際の風景で走る」っていうコマ撮りのアニメの撮影場所を探して、歩道橋の欄干にミニカーを乗せて、いいアングルを探したりした。(飯田橋)

 

・大江健三郎の「われらの時代」のラストシーン。聖橋から飛び降りて自殺しようと考える主人公。その小説の中のシーンを、偶然その現場で読んでいて怖くなった。(御茶ノ水)

 

それぞれ、僕にとっては思い出深い場所だ。でもその時、僕はそれぞれの場所で流れている川が、神田川という1つの川だと意識したことはなかった。

 

川のまわりは、車が通りにくくて、遊歩道みたいになってることが多い。だから多分、あてもなく歩いた僕が、川沿いに行き着いたんだろう。

 

僕は、「サマーバケーションEP」を読みながら、自分の20代を反芻していた。自分の20代なんてあっという間で、どこにも行き着かなくて、今の自分につながってるなんて、到底思えない。

 

「あの場所も、あの場所も、同じ神田川のほとりだった」という単純な事実に気づいただけで、「それは確かにつながっている」と思えた。当たり前のことが、急に腑に落ちた。


流れていくものに思いを馳せる

「方丈記」や「川の流れのように」の例を出すまでもなく、僕らは川を見ると人生を思う。一方向へ絶えずに流れていくさまを見ると、切なさと諦め、楽観も希望も入り混じったような感慨が胸に訪れる。

 

でもそれは、「概念としての川」にそう思うだけであって、僕は実際に神田川を見ていても、「人生」を思ったりはしなかった。川沿いを少し歩いてみても、それが海まで流れているもの、だとは意識しなかった。

 

それが、「サマーバケーションEP」を読んで、神田川が頭の中で「流れ」として海までつながったのだ。「抽象概念(イメージ)」と、「現実」の間を、物語が橋渡しをしてくれた、というか。

 

行間だらけの小説で、流れていくものに思いを馳せる。僕の場合は、偶然にも自分の20代に重なりすぎた。好きすぎて、いい小説かはよく分からない。また、忘れた頃に読んでみたいと思う。

 

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