鯖缶@3rd&forever

2児の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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自動翻訳の精度が上がったら映像翻訳者の仕事はなくなるか?

 

 僕が映像翻訳(ドラマやドキュメンタリーの字幕を作る)をやりたいと思って、スクールの説明会に行った時。「自動翻訳の精度が今後どれほど上がっても、字幕の仕事はなくならない」という説明を受けた。


「1秒間に4文字」という経験則に基づいた文字数制限があって、読みやすい字幕を作るにはそれを守ったほうがいい。でも、その字数制限を守ると、日本語の字幕は原文が持っている情報量の3割程度しか載せられない。だから、適切な情報の取捨や、時には大胆な意訳が必要になる、みたいな説明。


当時(もう10年も前のことだ)、映像翻訳へのあこがれで胸がいっぱいだった僕は、その説明に深く納得し、「字幕、すばらしい! 映像翻訳最高!」と思ったものだ。


だけど、「自動翻訳にはいい字幕は作れない」というのは本当なのか、最近は実は疑っている。というか、「自動翻訳でも、まともな字幕は作れる(ように近い将来なる)」と、どちらかといえば思っている。

 

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上の動画リンクは、環境活動家のグレタ・トゥンベリが欧州議会でスピーチした時のもの。youtubeで、自動生成の字幕を見て驚いた。ほとんど違和感のない字幕が読める。


スウェーデン人の彼女にとって、英語は母語ではない。そのため、平易で明瞭な文の作りが多いし、話すスピードもゆっくりだから、比較的翻訳しやすい英語だと思う。だとしても、駆け出しの映像翻訳者(もうすぐ初仕事から3年)である僕が、「これ映像翻訳者要らないんじゃね?」と思う程度には自然な翻訳だった。


もちろん、「僕ならもっと読みやすく、流れのいい字幕が作れる」とは声高に主張したいところだけど、自動生成のほうが圧倒的に仕上がりが速い。世の中に出回るほとんどの動画は(ニュース価値のあるものなら特に)「早さ」が大事だろうから、「プロの翻訳者の字幕で見たい」と思うような動画はそれほど多くないんじゃないか。または、そう思う人は少数派なんじゃないか、と思った。


「熟練の職人による手作りの完成度」が必要な映像作品もたくさん存在するかもしれない。でも、近い将来「職人的な手作り感」まで含めてAIで作れるようになる。

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そうなると映像翻訳者は要らなくなるか。「AIが作った字幕のチェックと微調整」みたいな感じになるんじゃないかな、というのが平凡ながら僕の予想。「大量の映像が大量に翻訳される」という状況は加速するだろうから、「そこに何らかの仕事はあるだろう」とは思う。それが僕の憧れていたものと同じかはわからないけど。


「翻訳者の仕事の危機」はとりあえず置いておくとして、「自動翻訳の精度がほぼ完璧なレベルまで上がったら、外国語を勉強する意味はあるか?」についても興味がある。


冒頭の僕自身のツイートでは、「自分で翻訳したほうが楽しいじゃん」と言っている。半分は「そうでも思わないとやってられない」というのが本音だけど、もう半分は本気で「機械がやってくれるとしても、自分でやる楽しさは損なわれない」とも思ってる。


将棋のトッププロがAIに勝てなくなっても、将棋の面白さは揺るがなかった(というか、面白さは増した)のと同じように。車が自動運転になったとしても、車の運転の楽しさは変わらないのと同じように。(車の運転、については「金持ちにのみ許されたものすごく贅沢な趣味」とかになりそうな気がするけど)

 

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(文中で紹介したグレタ・トゥンベリのスピーチについて、僕自身が訳注をつけて抄訳した記事です↓)

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