鯖缶@3rd&forever

2児(娘7歳、息子5歳)の父の雑記ブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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男42歳、親知らずを抜く

多分だいたい10年ぶりぐらいに、「親知らず」を抜いてもらった。「“多分”“だいたい”10年ぶり“ぐらい”」というぐらいだから、以前4本中3本を(たしか)順番に抜いた時の記憶もかなりあいまいで、どうせ今回のことも忘れるんだろうと思うと、不思議な気分になる。(「記憶の持続」こそが「自己同一性」なんだろうに、そのなんとあやふやなこと)

 

親知らずを抜いた顛末を何度かツイートしてるので、それを頼りに、思ったことを残しておきたい。


知らない歯医者に行くこと

 
水曜の勤務中に違和感を感じ始めて。何かの肉が右下の奥の方に挟まっているような感じ。木曜、やっぱり違和感が消えず、鏡で見ると歯ぐきが結構腫れてる感じがする。


まだそれほど痛いわけじゃなかったけど、とりあえず歯医者に電話して、見てもらうことにした。(僕の「嫌なことは先延ばし」の根性なしは昔から変わらないんだけど、子どもが生まれてから、病院は「行けるタイミングで行かないといろいろ困る」と思い知ってる)


面白いことに(面白くないんだけど)、「腫れを目視する」「歯医者に見てもらうことにする」という条件がそろった段階で、どんどん痛みが増していった。「できれば気のせいであってほしい」から、「せっかく歯医者に行くんだから、気のせいとかじゃないでしょ」という段階に潜在意識的にシフトした感じ。


今までまったく知らなかったんだけど、今回知ったことが1つある。「歯科医院は、木曜休診が多い」ということ。何度か行ったことのある家から最寄りの歯医者が、木曜休みだったから、ネットで検索して開いてるところを調べてみたけど、休みのところが多い。


それともう1つ。「歯医者、めっちゃある!」ということ。ちょっと調べただけで徒歩圏内に20軒ぐらいあってものすごく驚いた。僕は東京の西側の住宅街に住んでいるんだけど、それにしてもこんな「コンビニ感覚」で歯医者が存在しているとは気づいてなかった。


それだけたくさんの歯医者があるということは、「その中から選べる」ということで、それは同時に「選ばなくちゃいけない」ということ。そこに現代の素晴らしさと、それでもそのことをストレスに感じる現代人の「ままならなさ」を思った。(検索したついでに口コミ情報なんかも斜め読みしようとして、「めんどくせ!」と口に出しそうになりました)


「近所付き合い」がないことは「世間体」のハイプレッシャーから逃れられることで、これは(もはや実感しにくいけど)相当ありがたいこと。でもそのかわりに、近所にダメな歯医者ができていたとしてもまったく気づけない。周囲の人が同じ共同体に属していれば、「近所の中での歯医者のランク付け」も自然と決まるんだろうけど、もはやそんな共同体はない。


謎にキャラの濃い先生に口の中を見てもらいながら、「僕はこの人を信頼していいんだろうか?」と軽く不安になる。「まあ、めんどくさいのでとりあえず信頼してみることにする」という機能も、便利ではあるんだけど。

 

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抜歯。痛くはないけど怖かった。疲れた。

 
以前親知らずを抜いた時のことをほとんど覚えてないぐらいだから、今回も「なんとなく不安」なだけで、どちらかと言うと「早く抜いてもらいたい」という思いが強かった。


だけど当日になって、10年前に親知らずを順番に抜いたときのことを思い出した。「右下の1本は横に向いて生えてるので、ちょっと抜くのが難しいんです。現状虫歯になっていないようなので、この歯については様子を見ましょう」と言われていたことを急に思い出して怖くなった。「そういえば、抜くのが難しい奴が1本残ってたんだ。ラスボスじゃん」みたいな。


村上春樹の文庫本を持っていき、待合室で読む。あの、「自分の感情や性欲について、他人ごとみたいに語る感じ」「ほとんどのものは失われてしまったし、まだ失われていないものも、たった今失われつつあるのだ、みたいな諦めムード」が、抜歯を待つ心境としてはふさわしい。


時間になり、処置室に通された。抜歯をしてくれる先生は「謎にキャラの濃いロバート秋山風の先生」ではなく、「メガネをかけた美女、冷徹なドS外科医風」の先生だった(仕組みはよくわからないんだけど、曜日指定でヘルプに来る先生が難しい抜歯は担当することになっているっぽい)。「なんかわかんないけど、失敗しなさそう!」と心強く思っていると、恐怖を一瞬で呼び戻すセリフが。


「今日はね、大変だって聞いてますけど、頑張りましょう」・・・やっぱりドSだった。


そこから先は、「恐怖と闘いながら口を開け続ける」45分。もしそんな競技があったとしたら、僕の体感としては「勝てばオリンピック出場決定」クラスの恐怖だったけど、実際のところどうなんだろう? 多分地区予選の2回戦ぐらいなのかな。


麻酔が効いているので、痛みはない。途中、痛くなったような気がして麻酔を足してもらったけど、それもどちらかというと「怖くなったので何かそれを訴えたかった」だけだったような気もする。


痛みを麻痺させるための麻酔ではなくて、恐怖感を麻痺させる麻酔があったら、打ってもらうかな、と想像した。それはそれで怖い。打ってもらうかどうか、選びたくない。


抜歯後1週間(食事が楽しくないことのツラさ)

 

抜歯の日は、抜歯中じゃなくて帰ってきてからが痛くて、痛み止めを飲んでほとんど和らいではいるんだけど、何もしたくない感じ。ようやく腫れがひいて見た目が戻ったのが4日後ぐらい。


まともに物が食べられなかったのが2日間ぐらい。食べるのが大変で、食べても楽しくなかったのが1週間ぐらい、だったと思う。


その間、老いることの予行演習をしている気になった。20年前。一緒に住んでいた祖母が、左半身が痺れて不自由な生活をしていたことを思い出す。生活のなにもかもが難しくて、しゃべるのも食べるのも簡単じゃない。気丈に、機嫌よくすごしている時間が多かったけど、時々は「何にも楽しいことがない」とこぼしていた。


祖母の気持ちを想像するのは難しいけど、「食事が楽しくないことのツラさ」は体験した。不機嫌な老人を見ても(できるかどうかはともかく)優しく接しようと思ったし、機嫌のいい老人を見たらそれだけで尊敬に値すると思った。

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抜歯後1ヵ月(ようやく機嫌が直った)


「不機嫌じゃない状態」に戻って、ようやくそれまで「自分にはストレスがたまっていたんだ」ということに気づいた、という話。


今回は「歯の痛みとその後の違和感」だったけど、今後年をとるにつれ、いろいろな不如意を体験するだろう。うまくつきあえる自信はないけど、休み休みやっていきたいな、と思った。


10年前に親知らずを抜いた前後のことをほとんど何も覚えていないので、今回のこともそのうち忘れるのかもしれない。それならそれで、幸せな話だ。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という鈍感さは、人間が努力せずに身につけられる数少ない美徳かもしれない。(自分が受けた恩を忘れる、ということの方が多いかもしれないけど、そうだとしても)

 

 

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