鯖缶@3rd&forever

2児(娘8歳、息子6歳)の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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「権力の行使の快感に溺れるな」と岩に刻め

 


似たような話を何度も取り上げてるような気がするんだけど、何度も繰り返しそう思っちゃってるんだから仕方がない。


僕の実例から。コールセンターのバイトリーダーとして10人ぐらいのスタッフを管理する際に、全員に15分の休憩を交代で指示する場合。僕は「○○さん、休憩どうぞ」とは言わない。「○○さん、休憩取得お願いします」と言うように決めている。


どういうことか。「休憩どうぞ」には、「バイトリーダーである俺が、お前たちの休憩を認めてやってる」という図々しい潜在意識が出ている、と思うからだ。休憩はもともと会社のルールで認められているものであって、バイトリーダーの手柄でゲットした戦利品でもなんでもない。それなのに「俺が認めてやった」という雰囲気を出すことの何たる浅はかさ。ダサさ。バイトリーダーは、ただ単に休憩の順番を指示しているだけであって、「業務上の段取りを1つ消化してください」と伝達する役割を果たしてるにすぎない、と思って「お願いします」と言うことにしている、ということ(我ながらめんどくさい奴だな、と思います)。


もちろん、実際の言葉は声のトーンとかタイミングとかでニュアンスが変わるので、「どうぞ」という言葉にまったく威張った感じが混ざってない人だってたくさんいる。だから、他の人がどう言おうとどっちでもよくて、あくまでも個人的なこだわりとしての話。自分は偉くないんだと繰り返し言い聞かせないと、勘違いしてしまう、と全力で警戒してる、という。


朝礼で注意点を伝える時だって同じ。そこには、「指示を伝える」という業務と、「指示を聞く」という業務があるだけであって、「指示を伝えている人間が偉い」ということではない。


権力の行使は、本能的な快感がある。まずはそのことを認めなくちゃいけない。「俺の話をみんなが聞いている」というだけで、脳内に快感物質が出ている。だから、気持ちよくなっちゃうのは、もうしょうがない。だけど、この「気持ちよさ」を自覚しないと、気づかないうちに「何度も繰り返し快感を味わいたい」と思ってしまう。それが、いろんな職場で生産性を下げている要因になってるんじゃないか、と想像する。


「権力を行使する快感」に無自覚でいると、「権力を行使する機会」を減らすことに抵抗を感じてしまう。例えば、上で挙げたばかりの「朝礼」、本当に毎日必要だろうか。これは個別の職場で「朝礼」の果たしている意義が違うだろうから一概には言えないので、僕の職場での実感としてなんだけど。毎日やる必要はないと思う。むしろ、「情報を周知する」とか「精神的に気合を入れる」とか、いずれにせよ「必要になったタイミングでやる」方が効果が高いのではないか。違うのか。「毎朝の習慣」として、要不要にかかわらずやるルーティンが重要なのか(違うかな)。

 

もし毎朝やるとしても、「権力の行使の快感」を排除して朝礼を考え直したら、もっと効果的なやり方にならないか。「現場で、一番権限的には下のスタッフが、交代で朝礼をやる」っていう会社があったらすごいな、と思うけど、それってそんなに難しいことでもないと思う。それがいつまで経っても「上から下への伝達(+若干説教っぽい一言)」の形態から変わらないのは、ただ単に「朝礼」という儀式を借りて、「上下関係を確認する」のが上司にとって快感だから、ではないか。


さて、なんとなく分かりやすいから朝礼を例に出しただけであって、朝礼は別にやってもいい。たかが10分ぐらいのことだ。だけど、もっと仕事の生産性に直結するところで、「無駄な手順の温存」が行われていないかは考えた方がいい。

 

僕の職場では、電話応対の業務中に使う様々なデータベースがある。そのうちのいくつかは、「バイトリーダー以上」とか「正社員以上」とか、決められた職位でないとアクセスできないものがある。そのデータベースを調べる必要が出た場合に、スタッフは「○○を調べてください」とリーダーに言いに来て、リーダーが検索結果を返すと「ありがとうございます」とお礼を言う。


このやり取りが、リーダーにとって「最小のコストで偉そうにできて、気分がいい段取り」なのだ(恥ずかしい話、僕自身も偉そうにできて気分がいい)。でもこれは、とても非効率な段取りだと思う。そんなに難しいシステムでもないんだから、スタッフに使い方を教えて、スタッフ自身が使った方が早い。顧客によりよい対応が提供できる可能性が上がる。でも、一番最前線にいるスタッフに、なかなか権限が渡っていかない。


どうしてか。「権限を譲り渡したら、上司がいい気分ができなくなるから」じゃないか。「情報セキュリティ上、アクセスできる人間を制限する」とかの場合もあるのかな。いや、そんなのただの言い訳だよ。システムや運用のガイドラインでいくらでも対応できるはず。本当にしょうもない現実として「上司がいい気分ができなくなる」から、現場の改善が進まなくなる、なんてことは世の中のそこら中で起きてることなんじゃないか。


このコラムのタイトルを、“「権力の行使の快感に溺れるな」と岩に刻め”にしようと思う。「大抵の仕組み」は権力のある側がルールを決めて、運用するので、「権力が使えて気分がいい」ということを相当に自戒して意識しないと、無駄な仕組みを温存させてしまうことになる、というのがメモしておきたかったこと。


「小さな既得権を捨てられる人」が、実は世の中に最も貢献しているのではないか。僕はどうだろう。正直言うとあんまり自信がない。さんざんみじめな思いをしてようやく手に入れた既得権、そう簡単に捨てられるだろうか。「既得権を失った時に不満に思うのはダサいな」とぐらいは思うようにしよう。

 

 

 

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