2025年5月某日 実在しない映画の主題歌みたい
決して実在しないんだけど、僕が一番好きな邦画があったとして。実在しないから見たことはないんだけど、とにかくどうしても好きで、なんでかは説明できないし、自慢したいわけじゃないけど、大事な映画があったとして。その映画の主題歌、「すばらしい日々」なんだ。ユニコーンの。僕にとっては。
なんの話か、わかります? わからないかなあ、いや、わかるでしょ。善悪や文脈を超越して、ただただエモくなってしまう自分にとっての琴線ソング、ありません? イントロが流れると心のドアが開き、Aメロが始まれば涙腺の蛇口が緩んでしまう歌なんだ。理由は説明できない。歌詞がいいとか、特定の思い出に結びついてるとか、そういうことじゃなくて、本能的に抗えず好きな歌。
妻に誘われて、ユニコーンのライブに行ってきた。それで知ったんだけど、奥田民生60歳だって。驚いたよ。民生さん、広い意味で同世代だと思ってた。なんだろう、例えば、バイト先で先輩がいたとして、その先輩が「俺が新人のころ、民生さんいたよ」って自慢してくる、みたいな年齢差というか。直接は重なってないんだけど、だいたい同世代みたいな感覚。僕が若者だった時に、若者っぽい歌を歌ってて。「もう青春っていうのが無理があるな」って思う頃には、そういう歌を歌ってて。
そんな、「実年齢はよく知らないけど、気分的には同世代」の人が、還暦なんだぜ。それで、自分が僕48歳なことにも驚いて。英語の勉強を始めたのが30歳ぐらいで、それから7年ぐらいしか経ってない感じがする。実際の時間と、体感が10年以上ズレてるって、ヤバくない? たぶん恥じるべきことなんだろうけど、それすらもピンと来ていない、というか。
ライブの中盤で、「すばらしい日々」やってくれて。僕は、自動的にセンチメンタルになる。それで、Kさんのこと考えちゃう。Kさんは、僕の劇団時代(主に20代のころ)の相棒ね。結局僕は途中で抜けちゃったけど、本当は一緒に劇団を続ける未来もあったんじゃないか、とかそういう想像が頭の中で自動再生される。
ひょっとしたら今からでも再結成して(いや、自然消滅しただけで、解散とかしてないんだけど)、芝居を作れるんじゃないか。簡単には作れないかもしれないけど、ちょっとずつ作って、Kさんの還暦に合わせて発表したらそれでいい。どんなのだったら作れるか。難しいな。愚痴っぽいのも、みっともないし、やっぱり不条理コントか。Kさんが台本書いたやつ、あれがいいな。神が人にキレて、その恨みでわざわざ宇宙を最初から作り直して、よくやく人が湧いてきたことを確認すると、それを宇宙ごとぶっ壊す話あったじゃん。ああいうのなら愚痴っぽくならずに、思いの丈をぶつけられるんじゃないかな、とか想像してしまう。実際にはやるつもりなどないと自分でわかってるのに、劇団再結成とか想像して、でもどうせ、ロクな芝居作れないんだろうとか、想像の未来の話なのにちょっと落ち込んで。
「すばらしい日々」さ、そういう「昔のことを考えてたつもりが未来のことを想像してた」「未来のことを考えてたら昔のことを思い出してた」というような催眠効果がある気がする。ヒッチコックの「めまいショット」ね。被写体にカメラを近づけながら、ズームアウトするやつ。「近づいてるのか、遠ざかってるのか分からず、脳が混乱して怖い」っていうあのテクニックみたいな。昔のこと思い出そうとするこの瞬間にも、その「昔」から、どんどん遠ざかってる「今」があること。その「昔」という時点から、「今」という未来を同時に想像して気が遠くなること。
イントロ。ギターの繰り返しのフレーズとベースの絡み方が、曲の盛り上がりと落ち着きが同時に起こってるような感じがする。その後の展開も、感情の加速と減速が同時に起こってるみたい。歌詞もそんな感じじゃない? 「君は僕を忘れるから そうすればもう すぐに君に会いに行ける」でしょ。「未来」の地点から「今」を思いだそうとして、思い出せないことを想像してる。
もともとそういう曲なのに、今聴いたら、さらに気が遠くなる。バンド解散前の曲を、再結成後に歌うストーリーが、「あの時からの未来としての今」を思わせる(僕は熱心なファンではないので、詳しいバンドヒストリーは全然知らないんだけど)。それで、僕はすっかり感傷的な気分で、「昔の仲間とのあり得ない未来」を想像しちゃったんだ。Kさんが、機嫌よく還暦を迎えられるといいな(余計なお世話かもしれないけど)。
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