鯖缶@3rd&forever

2児(娘8歳、息子6歳)の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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初詣のこと

 
元日のことを思い出すのに、2月も半ばを過ぎてるんだから、我ながら呆れる(翻訳の仕事数件と、2月初めのスーパーボウルまでのNFL観戦、NFLブログで手いっぱいだったからなのですが。それにしても)。


僕は「正月イベント」への熱意が相当薄い方で、去年は初詣は行かなかったと思う。年賀状ももらった人にだけ返事を書く程度で、来年から禁止になったとしても特に傷つかない。紅白歌合戦も見ない。


でも、このことを自慢に思うつもりはなくて、むしろ「ケジメのなさ」を反省してる方が近い。20代の頃、コールセンター夜勤バイトをしていて、演劇少年でバイトを休みがちだった僕は、埋め合わせに「ゴールデンウィーク」と「年末年始」はよく働いていた。大晦日もだいたい夜勤で(多分10年連続とかだったと思う)、年明けは職場で電話機とPCの前で迎えていた。


当時は何とも思ってなかったけど、「1年が過ぎる重み」から僕が無意識に逃避したくて正月も働いてたのかな、と今は思う。

 

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だけど、今年は初詣に行った。元日にコールセンターの勤務がなく家にいて、でも翻訳の仕事を抱えてたからまとまった時間の遠出はできず、という成り行きで、「近所の神社に散歩がてら家族で出かける」というもの。


着いて、驚いた。100メートル以上の列ができていたからだ。それを見た時、正直言うと「もうお参りとかいいから帰ろうよ」とほとんど口から出かけたんだけど、ようやく子どもを説得して出てきた流れがあったので、とっさに口をつぐみ、列に並んでしまった。


僕は、待つのは割と平気な方だと思うけど、列に並ぶのが苦手だ。人気ラーメン店の行列に並ぶなんて、「そこまでして食欲を満たしたいのか」と思われるんじゃないかと怖くなる。「人前で無防備に欲望を垂れ流してる状態」という意味では、行列に並ぶのは「電車内でエロ動画を見てる」のと大差ない恥ずかしさだと思う方だ。(じゃあ、電車内で将棋ウォーズをバシバシ指してるのは何が違うのかと言われると、本質的にはあまり変わりがない、とは思うんだけど)

 

半分ぐらい列が進んだ頃(体感15分ぐらい経過)には、子どもが飽きてきて、「まだなの? もう疲れたんだけど」とか言い始める。その頃、何人か「列に並ばずにお参りを済ませる人」を見つけた。お賽銭箱の前まで進む正規ルートは列ができてるけど、境内は屋台なども出ていて、出入り自由だ。賽銭箱の前まで進まずに「その辺」で手を合わせる分には、特に並ぶ必要もない。

 

僕は、なんというか、それにとても深い静かな驚きを感じました。なんだろう、「なんでその手を僕も思いつかなかったんだろう?」というような静かな感心と、さっさとお参りが終わることへのシンプルな羨望と。しかも、こちらはもう15分並んでしまっているので、今更「お賽銭はまた今度でいいや」と列を抜けるのは悔しくてできないし、子どもらはどうしてか、お賽銭を入れるのだけがもはや楽しみになっているのだ。

 

列に並ばない人たちは、風習、作法、その場の空気は無視してるけど、なんだか丁寧に頭を下げて祈っていた。それに対し、僕は「二礼二拍手」みたいなのもやや適当に、全体を急いで済ませてしまった気がする。もし神様が願いを聞いてくれるとしたら、列に並んでいた僕よりも、列に並ばなくても丁寧に拝んでいたあの人たちなんじゃないか、なんて思った。


来年は初詣は行かない気がする。

 

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