鯖缶@3rd&forever

2児の父の雑記ブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターネタ(クレーム対応)などが中心です。

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引っ込み思案の僕が、1人旅をした話(沖縄編⑤)

(前回までのあらすじ)
20代半ばで「親と同居/フリーター/サブカルクソ野郎」の僕を見かねて、父が溜まったマイレージで航空券をくれた。行き先は、2月の沖縄。15年経ってから記憶だけを頼りに書く旅行記です。

旅行3日目にしてようやく、「グラスボートに乗る」というイベントが発生し、「旅を満喫」っぽい雰囲気がようやく出てきた。5泊6日の旅行の、後半戦のスタートである。

 (↓前話です)

引っ込み思案の僕が、1人旅をした話(沖縄編④) - 鯖缶@3rd&forever

4日目:竹富島へ

さて、4日目は、石垣島から沖縄本島の那覇に移動する日である。午後2時ぐらいに、石垣空港に着けば大丈夫。それまでにすることとして僕が選んだのは、「竹富島へ行くこと」である。

フェリーで15分程度。すぐ渡れる。半日で戻るにはちょうどいい。僕は旅行2日目に西表島にフェリーの往復乗船券だけ持って渡って、その結果「島に着いたはいいが特に何もすることなくそのまま帰ってくる」というミラクルをやり遂げたばかり。

その反省点を生かして、今度は、「フェリー+レンタル自転車」のセット券を事前にゲットした。島に着いて、レンタル自転車を貸してくれる店まで、車で移動。難なくレンタル自転車を、ゲットできた。

だけど、残念ながら、この話はどこにも広がらない。竹富島では、特にみじめな思いをせず、「あまり記憶に残っていない」からだ。

人生の皮肉なところ、というか味わい深いところ、というか。多分、竹富島で過ごした4時間程度の時間は、この5泊6日の旅行の中でも一番楽しかったはずの時間なのだ。でも、というか、だから、というか。この島で僕が何をしたのか、ほとんど記憶に残ってない。レンタル自転車を借りた時にもらった地図を見ながら、島内を回っていく。マイクロバスで回るツアーのシニア世代に、追い越したり、追い抜かれたり。

「1人旅だから、ゆっくりするのも次へ急ぐのも、自分で決められるもんね」という優越感も、「1人でかわいそうにと思われてるかもしれない」という被害妄想も、ほとんど感じない。ふとリラックスできる時間が過ごせた。

その時の僕が、いかにリラックスできていたかというと、多分「人生で一番」だと思う。ビーチで、海をバックに写真を撮ろうとするカップルがいた。なんと僕は、自然に、「あ、よかったら写真撮りましょうか?」と、自分から声をかけた。

「他人との接触を避け、できるだけ誰とも目を合わせないように気をつけながら、スポンジのような活気のなさ」で生きてきた僕が、「自分から」「必要もないのに(頼まれたわけでもないのに)」「他人の声をかけた」という。

前後のつながりが思い出せなくて、「気のせいかな」とも思えるけど、多分本当の記憶である。竹富島をあとにした僕は、那覇に移動。ホテルにチェックインを済ませて、4日目が終わった。

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5日目:那覇。平和祈念公園へ

前日に那覇に移動しての5日目。やはり、那覇に来てもノープランだった。また、石垣島と同じようにレンタカーを借りることにした。車を運転している間は、自意識過剰から相当自由になれることを、発見してたからだ。

前日、ホテルのフロントを通じて、レンタカーを予約してもらっていた。そして、ホテルの車でレンタカーの店まで連れていってもらった。今こうやって書くとなんの変哲もない2文だけど、僕にとっては結構すごいことだ。「言えばやってもらえるけど、言わないとやってもらえない類のサービスを要求した」というような。常連でもないのに、裏メニューを注文したような。やはり、竹富島が楽しくて、調子に乗っていたのだろう。

そうして、まあまあ朝早くにレンタカーの店に着いた。手続きをして、忘れずに初心者マークも付けてもらって。さあ出発という時に、便意を催した覚えがある。車を用意して、あとは僕が店を出るだけ、というタイミングでトイレを借りた。僕としては、恥ずかしいというか、気まずいというか。僕が店を出ていけば、「貸し出し業務」という仕事が1つ片付くはずなのに、僕がトイレにこもってしまったおかげで、店員が中途半端な状態で待っているのだ。

僕はそそくさとトイレから出て、手も洗わずに(急いでいる、というたとえです。たぶん普通に洗いました)車に乗り込んだ。安堵する店員。安堵する僕。さっさと出発した。

出発してから気づいたことがある。僕は、レンタカーを借りて店を出たのはいいものの、行き先を決めていないのだ。これは、初心者ドライバーにとっては危険なことだ。行き先を決めていないと、とっさの判断ができない。「なんとなく辺りを流す」なんて、初心者には難しい芸当である。

僕の予定としては、店を出たらその辺で一度停めて、どこか行き先を決め、カーナビに入力するつもりだった。だけど、那覇は、石垣島よりずっと都会で、「その辺に停める」のがなかなかできなかった。

都会の初心者ドライバーはきっとわかってくれると想像する。初心者は、「どこに停まったらいいのか分からない」のだ。「ちょっとその辺で寄せて停める」「車通りのほとんどない脇道に入って停める」「店の駐車場に、一時的に入れさせてもらう」など、とっさに判断ができず、判断ができないと、要するに走り続けてしまう、という。

石垣島では、そのへんは苦労しなかった。後続車も、対向車もほとんどないので、どこに停めても大して問題がなさそうな感じだった。でも、那覇じゃそうじゃなかった。誤算である。

レンタカーの店の前の大通りを含めて、左折を繰り返してグルグル回りながら僕は考えた。「観光地の看板を見つけて、その看板に従っていけば、そこには駐車場があるはずだ。ナイスアイデア!」そうして僕は、「平和祈念公園」にたどり着いた。「駐車場に車を停めたい」という理由で、ここに訪れた人がどれほどいるだろうか。

2時間後。僕は、「資料館」のようなところで、「じいじとばあばが話す戦争」みたいなコーナーでずっと、様々な戦争体験者の証言の録音を聴き続けていた。

不謹慎、とは少し違うのかもしれないけど、僕はたった30分前まで、ここに来る予定は特になく、戦争の過去に思いを馳せる予定も特になかった。「ただ、道路の案内標識に文字を見つけたから、仕方なく」である。さらに、「敬意を持って証言を受け止めよう」という覚悟もない。「せっかくたどり着いたから、1つのイベントとして数えられる程度には、展示物を見ておこう」ぐらいのものすごくカジュアルな気持ちでの訪問である。もっと言えば、「やること決まってないから、なんなら時間が潰せればいいな」みたいな投げやりな気分、というか。

ブースに入って座り、ヘッドフォンを着け、ランダムに選んで証言に耳を傾ける。「つまらない」とか、「面白い」とか、「考える」とかの判断もサボって、涙を流しながら次々と聴いた。意味はわからないけど、思いの中心の部分だけ、そのままの鮮度で伝わってくる感じ。

内容は全然覚えてないから、僕は戦争の悲惨さを受け止めたとは1ミリも言えないし、自分でもそうは思えない。でも、「戦争よりも人間が大事」というようなことは圧倒的な分厚さで心に響いたような気がする。

こんな風に書くと相当安っぽくなるけど、「何もやることを決めたいない状態」じゃないと、入ってこない声ってあるな、とは思う。普通なら、話の意味を求めるし、今自分が聴いている、という行為にも意味を求める。

僕がこれから死ぬまでの間に、沖縄の平和祈念公園に行く機会はあるんだろうか? そんな機会があったとして、誰かの話にひたすら耳を傾けたりするんだろうか? 目的もなく、何もやることを決めてない1日、が何回来るんだろうか? 当時は東京にいても、働いていても、遊んでいても、いわばずっとそんな状態だった。人生が前にも後ろにも進まなくて、ただダラダラして、そのことを恥ずかしいような、ひっくり返ってちょっと自慢したいような、じんわりと投げやりな気分。もう一度戻りたいかと言えば、そんなことはないんだけど、あの頃にはそれなりの切実さもあったような気もする。

(ここまで読んでくださってありがとうございます。続きはまた明日書きます)

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