鯖缶@3rd&forever

2児の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

スポンサーリンク

【日記】TOEIC受けてる場合じゃねえよ(56*最終回)

2022年8月某日 日記がストップしてた理由

うちの家族にとって2回目のコロナ感染が出て。3月の息子に続いて、今度は娘が感染した(発熱が2日間程度、軽い咳が6日間程度出たのみで、現時点では回復しています)。


それで、日記を書くのがストップしてしまって。もともと何のために日記を書いてるのか、自分の中でも目的がはっきりしないし、使命感も義務感も希薄なものだから、ちょっとルーティンが崩れるとやらなくなるし、別にそれで構わないんだけど。でも、「日記サボってるな。明日は書かなくちゃな」と思いながら寝て、翌朝「やっぱダリぃな」と思っての繰り返しだった。


「子どものコロナ感染」という事態を、どういう態度で書いたらいいのか、ちょっと迷ってしまって。漠然とした「申し訳ない」という後ろめたさなのか、「いやあ、全然平気なんですけどね」というヘラヘラしたテンションなのか。「おい社会、こんなところに不備があるぞ」みたいに「怒り」にフォーカスするのか。そのどれもがちょっとずつ混じったような、そんな気持ちなんだと思うんだけど、ちょっと分からなくて、書けなかった感じ。でも、久しぶりに日記ファイル(メモパッドなんだけど)を開いたので、ちょっとずつ覚えてる範囲で書いていこうかな。


海水浴に行った翌日。僕は会社に出勤したんだけど。退勤時にスマホを確認すると、妻からLINEが来ていて、娘が発熱した、という。今思い出したんだけど、この時、ちょっと妻に腹が立ったんだよね。「熱が出た」って、何度なのか言ってよ、と。39℃なのか、37.2℃なのかで全然意味が違うじゃん。怒るほどのことじゃないし、実際にすぐに忘れてた程度の話なんだけど。


(そうか、日記が書けなかったのは、ストレスが普段よりたまりやすいコロナ療養中に、「不満を思い出してどうするよ」という防衛本能が働いて、機能停止を選んでたのかもしれない。実際には、むしろ思い出して書き出した方が不満を忘れられるんだけど)


LINEで確認すると、娘の発熱は38.8℃という。それって、もうコロナなんだけど、「ひょっとしたらコロナじゃないかも」とか思ってたな。コロナじゃなければ、平熱に戻ったら行動制限は不要なわけであって、「そうであってくれ」と思う可能性にすがる気持ち、人生に必要なのか不要なのか。


予定していた旅行の前日だったので、さすがにちょっと混乱。予約してたキャンプ施設やら、カヤック体験やらに早めに連絡しないといけないと思って焦る。会社から帰りながら、「キャンセル料いくらかかるんだよ。今日の営業時間終わってて、明日になったら当日キャンセルになるかも」とか思って軽くパニクってくる。「娘の症状がひょっとしたら重篤化するかもしれないのに、キャンセル料の心配してオロオロするなんて、そんな場合じゃない」とかも思うけど、まあお金の問題ってそんな小さな話じゃなくて、もしキャンセル料が100%の扱いになったら、回復後にどこかに連れて行ってやる予算もなくなるわけであって、そのみじめな思いをしたくないし、させたくない、みたいな話。

 

そういえば、ここでも、ちょっと妻に対してイラついてたんだよな。「熱が38.8℃出ちゃったら、なんにせよ旅行はキャンセルするしかないわけであって、もっと早めに連絡してよ。昼休みとか、午後の15分休みとかの時に相談できたのに」とか思って。


妻に対して、「発熱相談センター」に電話したのかよ、みたいなことも思った気がする。3月に息子が発熱した時に、電話して、近所の発熱外来をやってる小児科を教えてもらったんだった。つまり、もう僕らは受診すべき小児科を知ってるわけであって、もはや相談センターに電話する必要はない。だからこのイライラは無駄、というか言いがかりなんだけど。


とにかく、軽くテンパっちゃってて、誰かを責めたい気持ちになってた。情けないことだ。そんなしょうもないイライラをいなしながらの帰宅。娘は解熱剤を飲んでいて、さすがに元気はなかったけど呼吸などは普段とそれほど変わらなそうだ。一安心。


旅行先には電話でキャンセルを入れる。「発熱でのキャンセルの場合は、致し方ないのでキャンセル料はいただきません」と(どこも同じだった)。「申し訳ない」という気持ちになったり、その反動で「感染予防に協力してるわけであって、当然のことでしょ」みたいに、自己弁護するような気持ちになったりした。いや、素直に「ありがとうございます」でいい話なんだろうけど。


翌日、小児科で受診させて抗原検査で陽性が出た。娘以外の家族の検査は、都に申請してキットを取り寄せてください、と。娘が受診する段階で同居家族も検査すればいい気もするんだけど、無症状の段階では病院での検査は受けられず、濃厚接触者と判明してはじめて検査だと。妻が電話で正直に「無症状」と申告していて、「ちょっと喉が痛い気がします」とか言っとけや、とも思ったんだけど、長い目で見れば、正直が一番ストレスが少ないのかもしれない(どうかな)。別にその場で検査を受けられなかったことで、何かが不利になったわけではない(都の検査キットは申し込み3日後に届きました)。


娘はその翌日には解熱剤なしで平熱に戻り、あとは家庭内感染に気をつけながら10日間自宅療養するだけの簡単なミッション(家族の自宅待機期間は5日間。僕の会社の指示は7日間)。ちょっとしたことですぐイラっときてしまう精神状態だったのが情けないし、実際に妻や子どもへの態度がキツくなる場面もいくつかあったな。


妻が「気分が塞いじゃうから、待期期間終わったあとの旅行の予定考えようよ」と言ってくれたのに、「旅行の予定考えるのって、僕にとっては一番ストレスなんだけど」と最悪の返事をしたり。すまん、もっと他に言い方あったよ。誰にも地雷ってあるじゃないですか。妻の態度は大人で、「じゃあ私探してみるね」と、僕の不機嫌をスルーしてくれた。だから僕も気持ちをエスカレートさせずに済んで、「ごめん、ありがとう」みたいに言えた。


開き直ってしまうのがいいとは思わないけど、ちょっとイライラしてしまうのは「あり得ること」と思うのがいいのかもしれない。イライラした自分に狼狽すると、さらに感情のコントロールが難しくなってしまうので。今回は情けない場面もあったけど、爆発してキレるみたいなことはギリギリ避けられた気がする(いずれにせよ、家族には申し訳ない。僕はゴミだけど、なるべくまき散らさないようにヘラヘラ生きるしかない)。


そんなイライラから隔離期間がスタートして、僕は防衛本能が働いたのか、喜怒哀楽にミュートがかかったような気分で過ごした。いくらでも時間があったのにこの日記も書けず、TOEICの勉強もサボって。2年前のコロナ禍初期に書いてた日記をまとめ直す準備をしていて、そのタスクを進める絶好のチャンスだったのに、どうしても「振り返る」なんて気持ちにならなくて、手が動かせなかった。

 

そんな自分にへこんだな。これから僕も年を取って、いろんなことが不如意になった時に、それでも「やりたいことに前向きに取り組んで溌剌と過ごす」みたいな態度が一番自分を保てると思うんだけど、全然自信ないな。不調をダラダラと連鎖させるように毎日を過ごす自分が容易に想像できる。


ツラかったのは、自宅のIHキッチンが不調になったこと。加熱を6分程度続けると、主電源から切れてしまって、その後15分ぐらい回復しない(空焚き防止機能が誤って作動してしまうのかもしれないけど原因はよく分からない)。不調が分かった時点で、業者を読んで点検してもらう以外に方法はないんだけど、「自分の状態を説明する」「誰かに何かを要求する」ことがちゃんとできるか不安で身動きが取れない。結果、電子レンジを使ってばかりで、料理もサボりがちだったな。「5分鍋を加熱したら保温用の袋に入れて余熱で火を通して、また食べる前に加熱する」みたいな回りくどい料理をしたりして、「なんだよこの工夫。さっさと業者を呼べよ」と思うんだけど、「修理費がいくらかかるか分からないから怖い」みたいに思って、そのままにしてしまう。ネットカフェ難民かよ。敷金が払えないばかりに結局割高で劣悪な環境に耐えるパターンと同じじゃないか。


子どもたちの退屈を紛らわせようと思って注文した「呪術廻戦」、僕にはあんまりおもしろくなかった。主人公や、メインキャストのドライブが見えにくくて、読んでる方が積極的に思い入れていかないと、盛り上がりに置いて行かれる印象。僕はオタク知識は自信がないけど、その代わり広く浅く読めるタイプで、つまり「その作品ごとの面白さに周波数を合わせて楽しめる」と、そんな自分をちょっと自慢に思ってた。事実、ある程度以上売れたマンガはだいたい楽しめるんだけど。すまん、「呪術廻戦」。最悪なタイミングで出会ってしまったかもしれない(子どもたちは気に入ったみたいなので大変助かりました)。


自宅療養の際に申請できる配給食糧、結構迷ったんだけど注文しなかった。ネットの該当ページをチェックすると、「感染者の急激な増加に伴い、真に必要な方のみ申請してください」みたいなことが書いてある(3月は発熱相談センターに問い合わせをした時に、係の人から教えてもらって、その電話で申請できた)。「買い出しを頼める家族がいない(濃厚接触者は必需品の買い物は可とする)」「ネットスーパーなどが利用できない」みたいなチェックボックスを埋めてから申請するんだけど。ネットスーパーも利用できるし、近所にコンビニもスーパーもあるし、食料の自力調達は可能なのは明らかなんだけど、それでも相当迷った。


「そんなの自己申告にしてる以上、自分に最大限有利になるように振る舞うべきでしょ」みたいなことを思ったんだ。「引っ込み思案で、自分の要求を通すことを安易にあきらめがち」な自分のことをみじめに思う気持ちがあって、「図々しくなれないのはある種の幼児性」みたく自分を責める気持ち。そんな気持ちになりたくがないために、一度は閉じた申請の画面を開き直したりした(結局は申請しなかったんだけど)。


今から振り返ると、「申請してもしなくてもどっちでもいいと思うけど、別に悩むほどのことじゃないだろ」という気もしないでもない。(他にもいろいろあった気がするけど、このぐらいにします)

 

8月某日 あとがき

特にどこかに着地した感じもしないんだけど、この日記シリーズはいったん閉じることにします。もちろん読んでもらいたいから書いてきたんだけど、それよりも「日記を書く」というルーティンを自分に作って、日々の感情の澱を外に出していく儀式というか、書ければなんでもいいと思って続けてきた。だから、書き続けてもいいんだけど、ちょっと休んだ方がモチベーションが回復する気がするので。


「TOEIC挑戦記録」が一応の縦軸にするつもりだったけど、あんまり勉強の記録は書かなかった(書いてないだけで、まあまあ勉強したんだけど)。コロナの自宅待機期間で勉強に手がつかなかったのが最後の記録になるとは皮肉。「TOEIC対策」として、「75分連続してリーディングしても疲れない持久力をつける」みたいな練習をしようと思いついて、何年ぶりかに読書習慣が戻ってきつつあったんだけど(読むのは自分の好きなものでいいから、途中でやめずにひたすらに読む練習。少しずつ時間を伸ばしていって、56分までいってたんだけど)。それも中断してしまった。また近いうちに復活させたい。


ちょっとあとがきらしく、後日談を。コロナ隔離期間を経て、年金保険と医療保険の契約を終えられた。この2~3年ほどで、ずっと「終わらせなくちゃ」と思ってサボってたタスクが終わってほっとしてる。旅行にも行った。キャンセルした予定とほぼ同じようなコースで。隔離期間中、体重が増えなかったのもうれしかった。10年ぶりぐらいに70キロを切った。「デブ」を脱して「だらしない体」ぐらいにはなったかな。「引き締まった体」にはなれそうもないけど、「だらしない体」を維持できればいい。


TOEICの本番もあった。今年3回目。ようやくリスニングが慌てずにできて、ちょっとほっとしてる。スコアはまだ分からないけど、シーズンベストは出せたはず。自己ベスト更新を狙って、もうちょっと続けてみるつもり。TOEICの試験日の午後、ラップバトルのライブも見に行った。「音が大きすぎて言ってることが聴きとりにくいし、16時半ぐらいに始まって終わるのが21時、その間立ちっぱなしで疲れた」が感想で、もう1回行くかと言われたら「いや、配信でいいかな」ってなるんだけど、でも行けてよかった。ちょっと、「酔った若者に絡まれたらどうしよう」とか思いながら、でも自分でも久しぶりにビール飲んで(1杯だけだけど)、リズムに乗ったり、時々手を上げたりして、非日常を味わっただけで最高でしょ(配信を見るのは「日常」っぽいので、それとはやっぱり違う)。


思えば、今年のTOEIC受験は、「出不精の克服」みたいなことを思ってやってきたことなんだった。コロナ禍を真に受けすぎて、不急不要な用事(ようするにほとんど全部のこと)をキャンセルしてきた自分をちょっとずつリラックスさせたい、フットワークを軽くしたい、という思い。だから、食わず嫌いだったラップを聞いて、面白いかどうかわからないライブに出かける、というのは僕にとってはちょっとした成果だったんだ。


おお、意外と前向きな感じで結びになってよかったです。この日記シリーズはここでおしまいにしますが、「日記を書く」ということは断続的に続けていくつもりです。読んでくださった方、ありがとうございました。

 

 

(「TOEIC受けてる場合じゃねえよ」、最初から読み直したい方はこちらからどうぞ↓)

www.savacan3rd.com

 

 

(1つ前の日記はこちらです↓)

www.savacan3rd.com

 

 

(2022年9月から、「NFL観戦日記2022」を始めました。NFL(アメフト)を見続ける生活をひたすらメモしたものですが、ここまでの日記を面白いと思ってくださった方にはお楽しみいただけるはずです。ぜひお読みください↓)

nfl.savacan3rd.com

 

 

スポンサーリンク