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【日記】夏目漱石「三四郎」のあらすじがまったく面白くなさそうな件(48歳になってもHIPHOP入門69)

2025年5月某日 やや下に見ながら読むのが楽しい

夏目漱石の「三四郎」を読んだ。はたしてこの作品は面白いのか、面白くないのか、という問題がある。僕はめちゃくちゃ面白いと思ったけど、はたして人に薦められるのか、あまり自信ない。「夏目漱石の代表作なんだからとりあえず要チェックでしょ」以外に、この作品の魅力をどうやって伝えたらいいんだろう。

 

だって、あらすじを紹介しても、まったく面白くなさそう。「大学入学のために上京した三四郎。友人や先生との出会い、女性との淡い恋愛を通じて、ちょっとだけ成長する」とか、そんな感じ。驚くなかれ、本当にこの程度の話なんである。どこまでいっても、歯ごたえのあるような展開は出てこない。究極の選択を迫られることもなく、復讐心に身を焼かれるようなこともない。ただ、素朴で実直な“味わい”のようなものが続くばかり。「文豪のありがたいお説教を聞いて啓蒙されたい」という期待で読んでしまうと、肩透かしを食らうことになる。

 

どちらかと言えば、「ムッツリスケベ大学生による、悶々日記」として読まなくちゃいけない。主人公の三四郎には、これと言った長所もない(たぶん)。ヒロイン美禰子の思わせぶりな態度にドギマギして、童貞らしくオドオドしてるだけ。自分の頭の中で想像してモジモジして、妄想ばかり大げさになりがち。

 

「三四郎の考えてることは、垢抜けなくてダサいよなあ」と、やや下に見ながら読むのが楽しい読み方なんじゃないか。ちょっとバカにしてるからこそ、安心して共感できる。「気持ちは分かるし、思春期らしい感性で世の中を見るのって、やっぱり楽しいんだよな」と、三四郎の素直さを自分に伝染させながら読み進められる。

 

さっき、「これと言った長所もない」と書いてしまったけど、訂正しなくちゃ。三四郎には、類まれなる素直さがあるじゃないか。他人の粗探しもせず、思い込みで誰かを値踏みすることもない。大学の授業にも素直に出席するが、友人から「授業なんてくだらない」と言われれば、「そうかもしれない」と思ってしまう。見栄を張ることもなく、かと言って自虐に閉じこもるわけでもなく、ただ素直に現実と向き合ってる。女性関係はちょっと圧倒され気味だけど、それで卑屈になることもない。

 

僕が読みながら思わず笑ってしまった箇所を引用したい。(※以下の太字の部分が引用です)

 

三四郎は床のなかで、この三つの世界を並べて、互いに比較してみた。次にこの三つの世界をかき混ぜて、そのなかから一つの結果を得た。――要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そうして身を学問にゆだねるにこしたことはない。


これは、母からの手紙を三四郎が読んで、故郷を思い出しながら、これからの人生に思いを馳せる場面。布団の中で目をつむり、まだ寝られない青春の夜。三四郎は、自分には「三つの世界」があると考えた。第一は故郷。第二は学問。第三は恋愛。その三つの世界に、自分は入っていける気もするし、でも仲間外れにされているような気もする。ああ、僕はどうしたらいいんだろうと、悩んだ結果の「要するに」がすごい迫力。「国から母を呼び寄せて」「美しい細君を迎えて」「身を学問にゆだねる」だってさ。そうだよ。優先順位なんてつけなくてもいい。三つとも捨てずに頑張る。普通、こんな正直なこと考えられないよ。誰にも話さないような内心の葛藤ですら、もっと露悪的になったり、カッコつけたりしてしまいそうなものだ。でも三四郎は、そんなに振りかぶらずに自分を肯定してる感じがある。この、底抜けの素直さが主人公としての三四郎の魅力じゃないか。

 

情景、心理、行動、言葉。それらを織り成すのが小説という表現の本領だと思うけど、三四郎の「カッコつけなさ」のおかげで、文を読む気持ちよさが存分に楽しめる。新聞の連載小説にふさわしいよ。朝、「三四郎」を読んで、今日も一日がんばるぞ、と素朴に思いながら家を出たいじゃないか。(それを言ったら、「こころ」も新聞小説なんだけど。僕は「三四郎」を読みたいな)


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夏目漱石 三四郎

 

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