鯖缶@3rd&forever

2児の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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【日記】いまさらツイッターの中毒性に思いを馳せた朝(48歳になってもHIPHOP入門㊶)

2025年3月某日 NFL(アメフト)のFA事前交渉の解禁日に寄せて

2ヵ月ぐらい前から、スマホの機能でツイッターの利用時間を30分に制限してる(受験生かよ)。

 

早朝にアラームで目を覚ましてから、布団から出られずにグズグズしている時にツイッターを見るんだけど、25分経過すると「あと5分で使用制限です」と表示されるので、それをきっかけに布団から出る覚悟を固め、30分経過の「使用制限です」の画面を見て、いよいよ諦めて布団から出る仕組み。

 

これは、なかなか悪くない。布団から出るためのスイッチとして機能してるし、「ツイッターから自由の身になったオレ」として、1日が始まるのだ。

 

この生活を2ヵ月続けて、ようやく冷静になってツイッターの恐ろしさについて思いを馳せると、ため息交じりに苦笑いをしてしまう(思いを馳せるなよ)。

 

なぜ人は、あんなにもツイッターを見てしまうのか。大して面白くもないと思ってるのに、息を吸うように「X」のアイコンをタップし、息を吐くようにスクロールしてしまう。通勤電車で。信号待ちで。職場のトイレで。キッチンで。篤志家ガチ勢が寄付をするようにコツコツと。ベテランのピアニストの指使いのように滑らかに。フードファイターがわんこそばに挑むように際限なく。俺は、ツイッターを見てしまう。

 

たぶんよく言われることなんだと思うんだけど、「ガチャ」を引くときの感覚に似てるんだろう。「何か当たるかもしれない」と思いながらボタンを押す誘惑に、人間は抗えない。実際に当たるかどうかは問題ではなく、「当たるかもしれない」という期待さえあれば、僕らはクジを引いてしまう。クジが当たった結果もらえる商品なんてどうでもいい。むしろ、抽選箱に当たりくじが入っているかすらどうでもよく、「”何か”が当たる”かも”しれない」という期待感さえあればいい。

 

今朝も布団の中でツイッターを開いた。NFLの「FA交渉解禁日」がすでに来ていたことを知って、ちょっと驚いた。2年前までの僕は、この日を待ち望んで、事前の予想記事を読み漁り、事態の推移をできるだけリアルタイムで追いたいと思ってたじゃないか。

 

「FA交渉解禁日」とはなにか。契約を満了した選手たちが、新しいチームに移るための交渉を始める日。つまり、この日にNFLファンたちは、「推しのチームが、いい選手をツモってくるかもしれない」と、どうしても期待してしまう。つまり、「何かいいニュースがあるかも」と思いながらツイッターを開くのにうってつけの日なんである。

 

それが今年は、NFL熱が下がっていたこともあって、「解禁日」をよく把握してなくて。移籍情報を後追いで知ることになった。そうすると、なんとも味気なくて驚いた。

 

こんなもの、ただの情報じゃないか。そもそも、NFLなんて選手が多すぎて(いろんな数え方できるけど、例えば先発級だけで800人程度)、素人が把握できる範囲を超えてるわけだし。だから解説記事(「注目FA100人」みたいなのが用意される)を読んで、有力選手だけでもチェックするんだけど、僕がその選手たちの能力を目利きできるわけもない。しかも、有力選手が推しチームに加入したとて、その選手が活躍できるかどうか、答え合わせは9月の開幕までできないんである。実際、僕の応援してるニューイングランド・ペイトリオッツはスター選手、先発級の選手を積極的に獲得したんだけど、「だったら何なんだ」と思ってしまった。この情報に興奮するには、かなりのリテラシーが求められる。僕には、もうついていけないよ。

 

だったら、以前持ってたはずのあの「期待感」はいったいなんだったんだよ、と。むしろそのことで、僕は驚いたんである。「何かいいニュースがあるはず」と期待させられる虚しさ。今さらながら恐ろしすぎる。(あの日々が懐かしいのも事実なんだけど)

 

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