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【日記】「セルフ・ハンディキャップ」に身に覚えがありすぎる件(48歳になってもHIPHOP入門㉒)

2025年1月某日 天才よりも長生きの方がありがたい

心理学の入門本を斜め読みしてたら、「セルフ・ハンディキャップ」という言葉に出会った。これが妙に刺さったので、メモしておきたい。

 

「セルフ・ハンディキャップ」とは何か。文字通り、「自分に不利に働くハンディを、自ら課してしまうこと」らしい。テストの前日に限って、飽きたはずのテトリスにハマったり、普段散らかってる部屋を片付け続けてしまったりする行動。身に覚えがありすぎる。その時に働いてる心理を「セルフ・ハンディキャップ」と呼ぶみたいだ。

 

試験前に、「いやあ、全然勉強してなくて」などと友達に話すのも一種の「セルフ・ハンディキャップ」で、「失敗した時の言い訳をあらかじめ用意しておきたい」という自己防衛の表れらしい。なるほど。「準備する時間がなかったから、テストに失敗したわけであって、断じて実力不足ではない」と言いたい心理か。わかる。「実力不足ではなく準備不足」と信じ込みたいがために、他人に言葉で言うだけでなく、本当に不利な状況にわざわざ自分を追い込むというパターンもある。「テスト前日にテトリスの自己ベスト更新」って、そういう仕組みだったのか。なんと哀れな独り相撲か。

 

そのページを通り過ぎた時にはただ「なるほどね」と思っただけだったんだけど、あとから自分自身のことを振り返ってみたところ、結構インパクトのある気づきが訪れた。

 

僕がNFL(アメフト)に10年間ハマり続けたのは、「セルフ・ハンディキャップ」だったんじゃないか、と。2014年から2023年までの10年間、毎シーズン100試合を見続けたあの執念はなんだったのか、と我ながらいぶかしんでたんだけど、あれは自己防衛機能の調整が若干おかしかったから、かもしれない。

 

子どもが生まれて、人生としては「大事な局面」。もう若くないことだけは身にしみてわかっていて、まるで呼吸をするように他人の成功が妬ましいミッドライフ。そんなときに、「俺はまだ本気を出してない」と思い込みたいがためのハンディキャップとしてのNFL観戦、だったのかよ(!!!!)、と。

 

そうか、「セルフ・ハンディキャップ」という言葉や考え方自体にインパクトを受けたんじゃなくて、「自分が抱えているこの病、すでに名前がついていたのか」と知ることが、インパクトあった感じ。

 

「自分だけの病なのでは?」と無意識に思っていると、その「病」を、必要以上に大事にしてしまうのではないか。「この病を愛せるのは自分だけ」「いつか、この苦しみを題材に小説を書かなくてはいけないのだ」というような、謎の使命感を抱えてしまう。でも、「人間あるある」として心理学の用語で既に説明されていることを知ると、「なんだよこれ、普通なんじゃん」と落ち着いて、その症状を手放せる確率が増える気がする。少なくとも僕にとっては、なんか安心できる感じがあった。(おそらく、この「名づけの効能」にも用語があることだろう)

 

セルフ・ハンディキャッピング - Wikipedia

(↑ウィキペディアの記事を貼っておきます)

 

20代の半ば。友人のAくんと、2カ月のレンタカー旅行をしていた時のこと。とくに「目的地」も「やりたいこと」もない旅だったので、ヒマつぶしにタバコを吸いまくり、バイト先の上司先輩後輩の悪口を言い尽くし(Aくんとはバイト仲間だった)、それでも足りないと、お互いの知らない人でも、どんな奴か説明した上で悪口を言って、それでもまだ時間があり余って。

 

Aくんは突然、インターネットで自分の頭痛について調べ始めた。子どもの頃から時々片頭痛になるらしい。徐々に症状は軽くなってはいるものの、いまだに時々あるという。旅行中にも一度起きて、半日ぐらいぐったりしていた。

 

症状をグーグルの検索窓に並べていく。「頭痛 視界が明るくなる 光 数時間後に頭痛」とか、そういうの。それで、Aくんは「閃輝暗点」という言葉を知るのである。(20年前、まだ「ネット検索」に慣れてない時代だった。偶然「答え」が出てきて、Aくんはものすごく驚いた)

 

「閃輝暗点(せんきあんてん、閃輝性暗点)は、突然視界にギザギザした稲妻のような光が現れ、その後徐々に広がり、視界の一部が見えにくくなる現象です。症状は通常10~20分ほどで治まりますが、多くの場合、その後に片頭痛を伴います。」

(引用元↓)

眼の疾病について 閃輝暗点 | スカイビル眼科【公式】

 

この時のAくんは、「自分が子どものころから悩まされてきた症状に、すでに名前がついていたこと」に衝撃を受けた。「うわー、俺、閃輝暗点だったわ。マジ、閃輝暗点。うわー、すげー。閃輝暗点、ヤバすぎ。閃輝暗点、だわー」と、知ったばかりのワードを1日中連呼するほど。

 

どういうことか。Aくんにとって、頭痛の前兆として起こるこのキラキラは(少年ジャンプを立ち読みしていて、左側のページが読めなくなったのが「初体験」らしい)、10代を通じて、「世の中の誰にも相談できないオリジナルの恐怖」だったのだ。でも、それにまさか、名前がついているなんて。「伝説の勇者のしるし」じゃやなくて、「人間あるある」だったのかよ、と。

 

自分の特性に「名前がある」ことを知って、かなり安心したみたいだった。Aくんにとっては、「俺が小説に書かないでもみんな知ってるのかよ」と(実際、芥川龍之介の「歯車」で有名。僕も知ってたわ)。

 

「人間あるある」、ちょっと残念だけど、やっぱり安心するよな。この歳になると、天才よりも長生きの方がありがたい。

 

それにしても、久しぶりに本を読んだな。年が明けてからやってる「Kindle Unlimitedマンガ300冊チャレンジ」、とりあえず100冊まで到達したから、あえて「小休止」を入れてみた、という。1月末までマンガを休んで、「字の本」をつまみ食いしようか、と。「読みたい本を探す」、「それを最後まで読む」というハードルを自分に課すのではなく、「目についた本をなるべく適当にダウンロード」「最初の2割ぐらいだけつまみ食い」をやってみよう、という(ここまでハードルを下げないと、読書ができない体になってるのよ)。

 

それで、いくつか本をさわりだけ読んでみて。「頭がいい人の習慣」とか、「ワルい心理学」とか、「図解・般若心経」とか、「ビジネスマンのための孫子の兵法」とか、そういうやつ(すみません、タイトル適当です)。なかなか香ばしいセレクトでウケる。「最小限の努力で頭がいいと思われたい」という浅はかな欲望に吸い寄せられた人が手に取りそう(つまり僕のことか)。通勤時間にそれらの本を並行読みしてるんだけど、おかげで面白い体験ができた。「活字のつまみ食い」、これからも時々やってみよう。

 

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