2024年12月某日 リア充の極みじゃないか(そうでもないか)
年末らしく今年の振り返りというか。日記を書いていなかった期間(4月~12月)にあったことを思い出してメモしておこうかな。あおちゃん(このブログの存在を唯一知っている友人)への近況報告にもなるし。
その間に僕は何をやっていたか。なんと、「PTA」なんである。おいおいマジかよ。そんなの、リア充の極みじゃないか(そうでもないか)。
4月。上の子(娘)の中学校の入学式当日。入学式直後にPTAの係を決めるんだけど。入学式をやった体育館の隣にちょうどいい大きさ(教室の4倍ぐらい。体育館の6分の1ぐらい)の「集会室」っていうのがあって。何にちょうどいい大きさなのかというと、入学式が終わったばかりの保護者たちをそこに軟禁するのにちょうどいい大きさなんだ。PTAの委員決めるコンクラーベ。「5人の生贄が決まるまで、誰もそこから出られない」っていうやつ。
クラスごとに輪を作って、保護者たちはお互いの顔を見合って黙る。役員の人の「立候補者が出るまで、帰れませんよ~」と、やたら朗らかな声が響き渡る。「帰れません」てなんだよ。そんなの、テレビのバラエティ番組以外であり得るのかよ。もちろん、「すみません、歯医者の予約があるので帰ります」とか、あるいはそんな嘘もつかずに「PTAには関わるつもりはありません」とシンプルに宣言して帰っても、それを止める権利は誰にもないんだろうけど。まあ、そんな人もいなくて。刻一刻と、「立候補者が出るまで(各クラス5人のポストが埋まるまで)帰れない」という状況が、既成事実化されていく。
結局「ダンマリ・チキンレース」に耐えきれず、僕は「選挙管理委員」に立候補してしまうのである。というか、「何か係をやってもいいな」とそもそも思っていたので、別に「立候補してしまった」ではないんだけど。小学校の時は妻が役員をやってくれていたから、中学は僕がやろうかな、というぐらいの動機で、積極的な思いはないけど、そこまでネガティブな思いもなかった、という。
せっかくなら、一番やりたい人が少なそうな「選挙管理委員」がいいだろう、と思った。どうせやりたい係が特にないんだから、一番人気の薄い仕事をやっといた方が、努力と貢献度のコスパが高いでしょ、っていうことなんだろうけど(伝わってますかね)。
5月。昨年度からの引継ぎの日も同じで。集まった今年度の委員の中で、「選挙管理委員長」を引き受けてしまって。なんなんだろうな。積極的な気持ちがないからこその「立候補」って。
いやあ、覚えてるな。カニエ・ウエストの 「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」聴きながら中学校に向かって。「さあ、アスホールどもに乾杯しよう」みたいな内容のデカダンスな酩酊を味わいながら歩いてたのに、その15分後には「選挙管理委員長」になってたんだもんな。どんな流れだよ。選挙管理委員長やる人は、「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」聴いちゃダメでしょ。
それで、まあ10月まで断続的に「選挙管理委員」の仕事があって、つつがなく役目を終えた(「互選会」の開催をして、次年度のPTA役員が決まった)んだけど。2カ月経った今から振り返っても、「かなり大変だった」のか、「全然楽だった」のか、まだどちらとも言えない気がする。
何が大変だったか。たぶん、「誰かのメールの返信を待ってる時間のストレス管理」だった気がする。仕事Aが終わってから仕事Bをやりたいんだけど、PTAの会長さんや、学校の副校長先生の承認がないと次に進めない。「今日は余裕があるから選考委員の仕事を片づけたいのに、承認待ちのせいで進まない」みたいなイライラ(どうせ20分ぐらいで終わるようなボリュームなので、いつやろうが、別にどうという話ではないんだけど。スケジュールを自分でコントロールできないことのツラさはあった)。
それだけじゃなくて、メールの返事がないと「ん? 何か怒らせるような内容が含まれていたかな」というような疑心暗鬼が生まれたりする。これは我ながら想定外だった。嫌われるほどの濃さのコミュニケーションもないので、まさに余計な心配なんだけど。それは分かっていても、だからと言って「余計な心配」からそう簡単に自由になれるものでもないらしい。で、一度疑心暗鬼が生まれると、「返事の催促」も難しくなってくる。なんせ、「嫌われたくない」という煩悩があるからこその悩みなわけであって。「催促」が簡単にできる神経の太さなら、最初から悩んでないだろう。(まあ、途中から遠慮せず催促するように切り替えたんだけど。学校には電話をしたし、PTA会長とは個人LINEを交換した)
4回のミーティング、そのうち2回は作業(互選会出席者を決めるくじ引きをしたり、お知らせを封入したり)があってやや長めの拘束時間。それと、自宅でのPC作業が、10分で終わる仕事が20回分ぐらい(委員内での作業分担の連絡や、昨年度から引き継がれた書類のアップデート、各種メールなど)。あ、あと互選会の当日か。やっぱり、「大変だった」のか「別に簡単だった」のか。こうやって書き出してみて、やっぱりどちらとも決められない感じがある。
まあでも、自分では認めたくないけど、「大変だった」んだろうな。常に、「終わってないタスクがあって、その心配に地味にメンタルを削られ続ける」半年だったような。それと、「嫌われるのが怖い」というストレスは、「ムラ社会での生きづらさ」の初心者体験版だったのかもしれない。僕は会社で「嫌われるのが怖い」というストレスをほとんど感じたことがなかったことを理解したよ。もちろん嫌われたくないし、なんなら好かれたいと思ってるんだけど、でも、「嫌われるのが怖い」とは思ってこなかった。それは「嫌われる心配がない」からではなくて、「嫌われても別に平気」と思ってるからなんだろうな(幸運なことだ)。だけど、子どもが通ってる学校でのコミュニティでは、やっぱり村八分が怖い。僕が周りの保護者から嫌われたことで、子どもに何らかの不利益が生じたら嫌すぎる。
普通にやってたら嫌われるわけもないし、「嫌われたらどうしよう」と心配してもあんまり意味ない(嫌われないために何かしようとしたら、大抵逆効果になりそう)。だけど、やっぱり「嫌われたくない」という恐怖からは自由になれそうにない。「選挙管理委員」なんて、「嫌われたくなかったら、互選会に出席してください」と声をかける立場だったから、なおのこと「同調圧力」について感じたのかもしれない。
「ムラ社会での同調圧力」なんて、若い頃は一番嫌いだったじゃないか。だけど今は、「必要悪として認めて、無害化しながらうまく付き合うのも場面によっては必要なのかもしれない」と、思いつつある気がする。ちょっと考えてみてもいいかもしれない。
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