鯖缶@3rd&forever

2児の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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誰にも伝わらない抗議を続けてたAさんのこと

かなり昔の話なんだけど。職場(コールセンター)で起きた珍事について、最近よく思い出す。自分の中でも、「大事な話」なのか「どうでもいい話」なのか決めかねてるんだけど、メモしておく。(会社の話なので、ちょっとフィクションを混ぜるようにします)


物静かなAさんは、真面目そのものというような人柄で、仕事の要領はあまりいい方じゃなかった。会社が用意したスクリプトどおりにお客と話そうとして、お客を怒らせたりするし、お客から聞いたことをすべて省略せずに書類にまとめようとして(要約が苦手)、1件の仕事に時間がかかったりしていた。


「ちょっとぐらい要領がいいからと言って自分に能力があるつもりのヤツ」なんか僕は嫌いなので、どちらかと言うとAさんみたいなタイプの人は好きなんだけど、Aさんはコミュニケーションに積極的な方ではなくて、本当はどんな人だったのかは僕にはよく分からない。「真面目そのもの」とさっきは書いたけど、「真面目」が正しい形容なのか自信はない。


さて、そんなAさんがある時、「小さな、一人だけのボイコット」みたいな行動を始めたんである。


当時の僕の職場では、20人ぐらいで1チームを組んでいた。そのうち出勤する人は少ない日で10人、多いと15人ぐらい。仕事には電話機とPCが当然必須なんだけど、使う座席は日替わりで決まって、座る席を指定する表のようなものが貼りだされる。アルバイトのスタッフたちは、勤務当日の朝にその表を確認して、指定された席に座るのがルーティンだった。


ところが、ある時からAさんは、その「指定された座席」に座らなくなったのである。一人だけ、少し離れた空席に座って仕事の準備を始める。その行動をいぶかしんだバイトリーダーが、「こっちだよ」と声をかけるんだけど無視する。チームリーダーの正社員が、Aさんに声をかけ、決められた席で仕事をするように指示すると、ようやく従う、みたいな感じ。


明らかにめちゃくちゃ反抗的な態度である。「割り当てられた場所でない場所を占有しようとする」行動で、控えめに言って業務命令の無視だ。


そして、Aさんの反抗は、ちょっとずつこじれていく。そのうち、社員が声をかけても、席の移動を拒むようになった。理由を聞いても、「それはもう伝えました」と教えてくれない。当然、チームの中で孤立していってしまう。なんであんなことになってしまったのか。今当時を振り返って思い出しても、ちょっと意味が分からない。最初はちょっとした不機嫌の垂れ流しぐらいだった反抗が、そのうちひっこみがつかなくなって、使命感を帯びたボイコット的行動になってしまった(のか、どういうことなのかカテゴライズができない)。


実際のところ、僕はAさんに同情的な気持ちを持っていた。Aさんは「決められた席に座らない」以外には問題行動はなくて、不器用ではあるものの仕事内容はマトモなままだった(特に何かが荒れるとかはなかった)。彼女の本意はよく分からないけど、素直に受け取るんなら、Aさんが嫌だったのは「決められた座席に座ること」に関係がある。僕は、「座席を決めるのが好きなバイトリーダーたち」が嫌いだったから、Aさんが理由を話してくれたら、ある程度はその気持ちを理解できたんじゃないか、と想像してる。


「座席を決めるのが好きなバイトリーダー」が嫌い、なのはどういうことか、ちょっとまとめておきたい(これはAさんの話ではなく、僕自身の考え)。


当時、僕のコールセンターでは、バイトリーダーがチームのメンバーの座席を事前に決めていた。今から思うと、このカルチャー自体あんまり好きじゃなかったな。チームのなかに、「座席決め」の仕事が好きなバイトリーダーが2人ぐらいいて、要するにチームのメンバーへの支配欲が満たされて楽しいんだろう。「どこに座ってもらうか」に強烈なこだわりを持っていた。


バイトリーダーの両隣は、だいたい新人が座る。バイトリーダーの役目は、電話が入ったら通話をモニタリング(傍受)しながら、新人が困ったら助けられるように内容を把握する(必要な検索をして、結果をメモに書いて渡したり)。通話が終わったら、それを所定のフォームに入力する(プリントアウトしないのに、「書類」って言いますよね)んだけど、書類が仕上がったら漏れがないかチェックする。そこまで終わったら、必要に応じて質問に答えたり、通話内容を振り返ってアドバイスしたりする。


バイトリーダーの両隣に新人が座るのは、ある程度必要性があると言える。隣に座っていれば、通話中に画面を指さしたり、新人の画面操作が適切かチェックしたりアドバイスしたりがやりやすい。


ここまではいい。「新人を隣に座らせる」というのは「支配欲を満たすため」という以上に、「業務上必要なこと」だと思う。じゃあ僕は何が嫌だったのか。


例えば、新人スタッフが何かの理由で当日欠勤したとする。すると、バイトリーダーの隣の席が空席になるんだけど、その空席に誰か別の人を指示して席を移動させることがあった。僕は、これがすごく嫌いだった。「その日のメンバーの中で、一番指導が必要そうな人」を指定して、みんなに発表してる感じがする。


つまり、バイトリーダーに近い席が「手助けや指導が必要な人」として、遠い席の人が「1人でも判断できる能力のある人」として、なんとなくチーム内の序列ができてしまう。そして、「その序列を決めているのは私」と言いたげなバイトリーダーの傲慢さが野放しにされてしまう。


その、「座席によってチーム内の序列が決まってしまうこと」が嫌いで、どうしても受け容れられず、Aさんは抗議していたんじゃないか。「スタッフに座席を割り当てること」は業務上必要なことかもしれないけど、それを偉そうに指図するバイトリーダーの態度は許せない、というような。


僕個人としては、Aさんの“謎の問題行動”を否定もせず肯定もせず、ほとんど「ないこと」のように接していた。少し離れた空席でログインをするAさんに挨拶だけしてあとは構わない。急ぎの業務連絡がある時だけ伝え、逆にAさんに質問や相談がある時だけそれに応じた。その席に座っていることを責めることも、認めることも避けた。


ああ、でもAさんには直接話したりはしなかったけど、ちょっと味方をしていたかもしれない。僕がバイトリーダーとして座席を決める当番の時は、「自由席制」にした(自由に選んでいいと言われても困るから決めてほしい、と思ってたメンバーもいたことだろう)。


それからしばらくして、年度替わりでチームの再編成があり、僕はAさんとは別のチームになった。座席の配置にこだわりがあったバイトリーダーの1人は正社員になり、別の1人は定年で退職した。新しいチームでは、座席は正社員が決めることになった。Aさんの静かなボイコットがその後続いていたかは知らない(何しろ、僕の中では「ないこと」として扱うことに決めていたので、うわさを聞こうともしなかった)。


その2年後ぐらいに、Aさんは会社を辞めたらしい(うわさで聞いた。もちろん理由は知らない)。正社員になった座席指定好きの人も辞めてしまった。僕は辞めることもなく、正社員に昇格することもなく、限界バイトリーダー(もうアルバイトとしてはこれ以上昇格できない人)として会社に残り続けた。


それからさらに7年ぐらいが過ぎた気がする。最近になって、僕はAさんのことをよく思い出すようになった。あの、コントみたいな抗議はいったい何だったんだろう。要求はなんだったのか。それを誰かに伝えていたのか。チーム内で孤立するのは、辛かったか。それとも、そんなに辛くない鋼のメンタルの持ち主だったか。全部が分からないままだ。


Aさんのことをよく思い出すようになったのは、僕も同じような「こじらせ方」をしそうな気がするからだろう。年下の上司の、ちょっとした権力の乱用が許せない。でも、さわやかに異議を唱えるなんてできない。だって、その許せなさの7割は嫉妬が原因だから、表に出すのが悔しすぎる。


まあ、Aさんの「こじらせ方」と、僕の「こじらせ方」はまったく別の話かもしれないし、そもそも、最初に書いたとおりに、僕にはこの話が「大事な話」なのか「どうでもいい話」なのか、いまだに分からないままなんだけど。

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