鯖缶@3rd&forever

2児の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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【コラム】映像翻訳者が好きなシーン、嫌いな登場人物

「どんな作品を翻訳したいですか?」と聞かれることがまれにある。翻訳者としてはある意味自己アピールのチャンスなんだけど、たいていちょっと迷って、「いえ、どんな素材でも挑戦したいです」とか、「最近はコメディが続いてますね、楽しいです」とか、無難なことを答えることになる。


一瞬迷った挙句、隠した本音はどんなものか? まあ、こんなところ。「いやあ、選り好みできる立場でもないので、あんまり考えないことにしています。もし選べるなら、翻訳が楽な作品がやりたいに決まってますよ」

 

先日、映像翻訳の「あるある」のようなつもりでツイートしたネタが、結構たくさんの翻訳者の方から「いいね」をもらえた。

 

 

ちょっとは共感してもらえたんだと思う。せっかくなので、コラムにして残しておきたい。同業の方にはクスリと笑ってもらいたいし、映像翻訳に興味がある方には、少しでも実感が伝わればうれしい。

 

“笑い”が理解できた時のうれしさは格別

翻訳をやっていて、「英語(あるいは、英語以外でも、なんでも)を勉強してよかった」と、もっとも実感する瞬間はいつか。「ギャグが理解できた時」はかなり上位にくるんじゃないか。


笑いというのは、「コンテクストの理解」が不可欠だ。「本当はこんなこと言っちゃいけない」という“常識”を共有できているかどうか。「本当はバカにしてる」という文脈が分からなければ、「あえて皮肉で褒めている」ことが伝わらない。そして、「笑い」を成立させるには、「全部を説明しない」ことも必要条件になる。すべてを丁寧に説明してたら、それはユーモアじゃなくて単なる情報だ。


この、翻訳素材の「笑い」が、googleなしで理解できた時の優越感は、麻薬的な快感がある。もちろん、「完全には説明しないこと」が重要ということは、笑いの翻訳は常に難しいんだけど。


ということは、理解できないギャグばかり出てくるシーンは難題だ。「何かギャグを言い始めて、オチまで言い終わらないうちに自分で爆笑」という登場人物が出てきたことがある。ただでさえ「笑い」は難しいのに、「オチ」を話してくれなかったら、ますます分からない。それだけならまだいい。「自分で爆笑」されたら、「何かギャグを埋めないと意味不明」になってしまうではないか。


「原文の意味を理解することの難しさ」「それを翻訳することの難しさ」「翻訳しきれないと判断したら、セリフを創作することの難しさ」の3重奏。本当に彼のジョークは秀逸で、存分に楽しませてもらったよ(皮肉)。

 

シスター、ブラザー問題の苦しさを分かってくれよ

「彼のブラザーは弁護士になった」「彼のシスターはいつもおしゃれだ」こんな字幕はありえない。「ブラザー? ん? ラッパーなのか?」 「シスター? ん? 修道院の話?」と、視聴者に「妙な疑問」を抱かせてしまう不自然すぎるセリフを作ったら、あらゆるドラマは台なしなんである。弁護士になったのは「兄」なのか「弟」なのか。いつもおしゃれなのは「姉」なのか「妹」なのか。これは必ず決めなくてはならない。


かくて翻訳者は、brother、sisterという単語が出てくると反射的に若干の吐き気を覚えるのだ。とりあえず仮の訳を埋めて先に進みながら、祈るような気持ちで答えが出てくる瞬間を待つ。最後まで分からなかったら、何とかして調べる。それでも調べがつかなければ、「誰も決められないなら、翻訳者である俺が決めるしかない」と、目をつぶって決める。


さて、厄介なのが連続ドラマである。第3話で判明しなかった情報が、第12話で判明するかもしれない。最近では、「シーズン1~6まで一挙配信開始」なんてドラマもある。すると、当然1人の翻訳者では足りないので、例えば50人ぐらいの翻訳者がチームを組むなんてこともある。そんな時、この「シスター・ブラザー問題」が出てきたらどうするか。まあ、「お手上げ」ですよね(開き直るのかよ)。


「この1ワードがどうしても訳せないばかりに、膨大な時間がかかる」という苦しみが、なんというか、「翻訳あるある」っぽい。しかも、「兄」か「弟」か、もし間違ってたら簡単にバレるじゃないか。絶対に間違えたくない。でも、どうしても分からないなんてこともよくあるんである。

 

世界中の脚本スクールの講師たちよ。どうか、ト書きではっきりと指定するように、脚本家たちを指導してくれ。ついでに、「この人物はこの後二度と登場しない」とかも書いてくれると大変ありがたい。

 

派手な音楽を流して、いつまでもシャドーボクシングしてくれ

さて、映像翻訳者のギャラは、「時間単位」で決まるんである。ということは「翻訳するセリフがまったく出てこないシーン」が、翻訳者が一番好きなシーンに決まってるじゃないですか。


以前、「複雑な家族の愛憎劇」みたいなドラマを担当したことがある。常に誰かと誰かが口喧嘩をしているようなスクリプト。「理屈っぽく相手を言い負かそうとする口喧嘩」は訳していて楽しい。感情が伝わるセリフ作り、ストーリーが伝わる情報の取捨選択、という字幕作りの醍醐味を味わいつつ、下調べが必要な法律用語とか、そういう苦労もほとんどない。


そのドラマ(に限ったことではないが)、シリーズが進むに従って脚本が雑になり、ギャングみたいなグループに主人公が誘拐された。当然主人公はアジトから逃げ出す展開になるんだけど、その主人公をギャングが追うシーンが、延々と続いたのだ。

 

ドラマとしては最初の方のエピソードが面白かったかもしれないけど、もらえるギャラは変わらないんだ。僕としては、当然「無意味なカーチェイス」の方がありがたい。ハハハ、いつまでも追いかけ合ってくれ。


復活を誓うボクサーよ。いつまでもトレーニングしてくれ。恋人たちよ、どうかキスの前に最低10秒は見つめ合ってくれ。監督たちよ。セリフを詰め込むばかりが能じゃない。どうか、「画」だけで観客を引きつけるのだ。頼む。

 

おわりに

今回のコラムは以上にします。何かの実感が伝わったらうれしいです。「映像翻訳あるある」を思いついたら、また書いてみようと思います。


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(こちらのコラムもどうぞ。映像翻訳者としての自己紹介です↓)

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