鯖缶@3rd&forever

2児(娘8歳、息子6歳)の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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スプラトゥーン日記2021(006)

2021年2月27日(土)「嫌いな人ほど、イヤなところを探してしまう」


5時起き。4時に一瞬目が覚めたんだけど、布団から出られなかった。本当は3時に起きたいんだけど、ズルズルと遅くなってしまっている。


実はコロナへの恐怖と「起きられない」はちょっと関係があって、「たっぷり寝ないと免疫が低下するかも」という雑な不安が、「あとちょっと寝る」を後押ししてる。(コロナの流行などなくても「しっかり睡眠」は悪いことではないから、どちらかといえば「寝る時間を早くする」を意識した方がいいのかもしれない)


おとといぐらいから断続的に考えてたことなんだけど。「嫌いな人」のことは、つい「減点法」で考えてしまうな、と。「この人嫌い」というフォルダに入れてしまうと、その自分が決めた評価を正当化しようとして、「俺がこいつを嫌いな理由」を探してしまう。つまり、「嫌いな人」に限って、「嫌いなところ」を探そうとしてしまって、ますます嫌いになる。


好きな人のことは、加点法で見る。「やっぱりこういうところがいいよね」っていうところを探す。


これ、たぶん「人」だけじゃなくて「場所」とか「行動」とかも当てはまりそう。一度「キャンプが好き」と思い込めば、キャンプの楽しいところばかりが目に止まるし、「キャンプが嫌い」と思えば、イヤなところばかり探してしまう。


ということは、生きるコツとしては「加点法」でなるべく見ることクセをつけることが自分を楽にするんじゃないか、と思った。「好き」「嫌い」の感情、生理は自分ではコントロールしにくいけど、「物の見方」とかは比較的コントロールしやすい気がするので。


(とは言え、自分でもあんまり腑に落ちてない。「嫌いな人のことをますます嫌いになるループ」は虚しいな、と思うので、そこから脱せられるルーティンが見つかったら覚えておきたい)


昨日は夕方に娘を歯医者に連れていった。娘は歯医者でめちゃくちゃ褒められる(歯がきれいで、矯正具の使い方も正しい)。だからなのか、歯医者に行く前にすごく丁寧に歯を磨いてる。あの様子を見ると、「褒めて伸ばす」の方がうまくいく可能性が高いのかな、と思うな。


夜は子どもたち2人と順番に将棋を指す。それぞれ、観戦もさせるようにしたのはよかったっぽい。横から考えると、失敗を恐れずに手を読むことに集中できたりするのかもしれない。


昨日は「Switch休みの金曜日」だった。1日スプラを休んだのでスプラのモチベが上がってる。今日はたくさんやりたい。


2月28日(日)「子どものズルを叱った話」

今日は4時に目が覚めて、すぐ布団から出られた。こうすると出勤(6時半に家を出る)までやや余裕があるので、「何か」できる。(その「何か」が今特に決まってないから、早起きができないのかも)


さっきまで見てた夢で、ロンブーの淳さんと組んで即興コントやってバカウケしたり、電話受付で英語で話したりした。若干日々の願望が反映してて恥ずかしいな。


昨日の朝。僕はガチエリアとガチヤグラで8連敗した。なんでそんなことになったのか覚えてないんだけど、「勝てるはずの試合」で油断して逆転されたのがきっかけで、いろいろ雑になってしまった。味方と呼吸を合わせないとなにもできないのに、自分のやりたいことが空回りした。


で、それはいいんだけど、その間に娘を叱る時があって、スプラで連敗してイライラしてるタイミングだったので、その「イライラ」の分が加わってしまってないか不安。


子どもたちは、将棋教室の前に宿題として3手詰めを何問か解くんだけど、その宿題が間違ってたので、やり直しさせたら、すぐ戻ってきたので、「最初の間違いは、なんで詰んでなかったの? 正解との違いを説明してみて」と言ったら娘は「えっとね」と考え始める。


これは、と思い「答え見たんでしょ、自分で考えないと意味ないよ」と言うと、何も言わずに黙ってしまった。そこで「答え見たの? 見てないの? どっち?」と責めるような口調になってしまった。


思い返すと、やっぱり僕も冷静ではない。「僕の好きなことである将棋を、子どもにやらせてるのは、親のエゴなんじゃないか」という思いが自分のなかにあって、まだ整理しきれてないんだ。だから、「宿題をやるときにズルをする」っていう「子どもあるある」に、必要以上ガッカリしてしまう。


思うんだけど、子どもの「ズル」は、結局「親の監視」では止められない。それに、「ズル」が必要なことだってある。結局「ズルしたくない」と自分で思わない限り、同じことを繰り返す。だから、ズルを指摘してそれを叱りつけるのはちょっと着地点がズレてしまう気がする。「ズルしたら叱られる」と「ズルしたくない」は違う。(一方で、「ズルしたら叱られるからほどほどにしておこう」という現実的な感じも重要だとは思うけど)


だから、僕としては「ズルしてもバレないと思ってるのはナメすぎ」と伝える必要があるけど、それ以外のことは「将棋が強くなりたい」という気持ちが前提にないと無意味なはずで、「将棋が強くなりたい」と思うかどうかは娘の自由。


「子どもの自由を尊重」したいからと言って、じゃあ放任すればいいかと言うと多分違って、「善きもの」に触れるチャンスを用意して、手助けすることは親(大人)の責任と言っていい。子どもは、自転車に乗ってみないと「自転車に乗りたい」と思わないはずで、自転車を用意したり、練習する場所に連れていったりは親の仕事。


だけど、そこで期待どおりに「自転車に乗りたい」と思うかどうかは子ども次第なので、それは親としてはもどかしい。「やる気になるまで待つ」のはもどかしいから、冷静を保つのは難しいけど、多分叱っても意味はない。


ここまで振り返って、とりあえず「スプラで負けたイライラで目が曇ってなかったか不安」と思うのはちょっとムダなので、子どもを叱る必要がある時はスプラをやめて、気持ちをリセットしてからにしよう、と思った。


(いやあ、我ながら着地点のレベルが低いぜ。でもこれが現実だからしょうがない…)


昨日はパソコンのパンフレットをいくつかもらってきたので、今日はそれに目を遠そう。パソコンを買うというタスク、「めんどくさい」と思ったまま1年すぎてしまった。


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