鯖缶@3rd&forever

2児の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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スプラトゥーン日記(030)

(僕のスプラトゥーン修行を題材にした私小説です。95%実話ですが、あくまでもフィクションです。1つ前の日記はこちら↓)

スプラトゥーン日記(029) - 鯖缶@3rd&forever


2020年7月2日(木)

翻訳仕事が比較的順調なこともあって、スプラもたくさんできた。娘の習いごと(新体操)の再開日。あとはプールが休止中以外は習いごとも戻ってきた。新体操は練習時間が長くて、親としては助かるんだけど、娘は「学校のあとすぐに新体操だと、疲れるし宿題もできない」と言っている。「3年生になったら習いごとをやるかやらないか自分で決めていい」と言っていて、それはとにかく「子どもが自分で決めること」の範囲をなるべく広げたいからなんだけど、僕は続けてくれたらいいのに、と思っていて、ちょっと難しい。


あっさり辞めさせて、「やっぱ楽。辞めてよかった」または「やっぱり羨ましい。やめなければよかった」というそれなりの結果を「自分の選択の結果」として娘に感じさせるのがいいのか。なだめて続けさせるのか。「無言の要求、期待」みたいなのが原因で「本当は嫌なのに、親に合わせて、表面上は娘自身の希望として続ける」というのはよろしくない気がするんだけど、そんなこともありそうにも思う。ちょっと難しいな。考えると、「結局娘が自分で決めるしかないし、それを決めさせる判断力をつけられるように導くしかない」というのが結論にはなりそうだけど。


ガチエリア(B+→A-)9勝0敗。ギア開けしながらやっていたのに、6連勝でウデマエアップした。そのあと、A-でも3連勝。これ、もしかしてなんだけど、「平日午前中」はややレベルがヌルいのかな? 中学生(よく知らんけど強そう)が学校行ってるとかで。そう思うと、「目の前のウデマエアップ、ダウン」は必ずしも実力を反映したものとは限らない気もする(とはいえ、1つでもA帯に入ってると精神衛生にいいので、シンプルにうれしい)。これからは、午前中にガチマッチやって、夕方以降と土日にはサーモンランにしようかな。


アンチョビットゲームズで、「自陣高台からタワーにジャンプして、また自陣にもどる動き」だけさんぽで練習した。「カメラは前を向いてるんだけど、後ろ方向にイカジャンプ」。上手い人の動画で、それができることは知ってたんだけど、今までは「どうせ俺にはできない」と思って試合中にはやってなかった。でも、練習すれば別に難しくはない。こういう、「ちょっと練習すればできること」を見つけて潰していくのが一番よさそう。


ガチホコ(B+)3勝4敗。ガチヤグラ(B-)2勝3敗。ガチホコやってる時に、味方で明らかに真剣にやってないプレーヤーがいて、リスポーンから出ずに適当に周りを撃っていたり、ナイスを押しながらジャンプしたりしてて、「は? ナメてんの?」みたいにムカついた。「遊びって、遊びだからこそ真剣にやらないと面白くないだろ?」「1人がふざけてるだけで、試合が台無しになるんだよ。他の7人が全員つまらない思いをするんだよ」とかで。


でも、この「真剣さ」っていうことを考えた時に、「そんなの人それぞれの尺度があるでしょ」とも思う。僕だって、「自分の一番得意なブキで、綿密なゲームプランを立てて、持ってる中で最善のギアで」いつでもやってるわけでもない。ブキの射程を覚えるとか、各ステージでどこが塗れるかを覚えるとか、そういう予習を完璧にしてるわけじゃないこの僕が、他人の真剣さを裁けるのか、と。


まあ、そういうプレーヤーの存在に気がつくと「カンベンしてくれよ」と思うけど、実際には敵チームに「事実上何もしてない」みたいなプレーヤーがいて勝つこともあるわけで、過剰反応しないほうがいいのかな、とか思った。


事実、あとからアプリでチェックしたら、僕は「5キル9デス」で、その「ナイス、ジャンプ連打野郎」は「7キル5デス」だったわけで、ひょっとしたらそいつから見たら僕の方こそ「真面目にやれよ」と思ったかもしれない。


7月3日(金)

スイッチ休みの日。翻訳仕事は割と順調なので、思い切って今日はパソコンを立ち上げずに、目を休めようかとも思ったけど、結局3時起き。少しだけやって、あとは本を読んだり。まあ、ノルマのない日に明日の分をちょっと進めるほどいい気になれることはない。


仕事はすごく楽で、もはや窓際族の気分。「能力に見合った仕事を与えないのはパワハラ」と、コンプラ研修で習ったんだけどな。(社内、社外にハラスメント相談窓口があって、そこに相談しようかと少し前から4割ぐらい本気で思ってる。コロナを言い訳にしてサボってはいるんだけど)


13時で仕事終わりで、帰りに昼飯。先週も先々週もなぜか金曜は仕事がうまくいかなくて弱気になってて、行けなかった「ちょっと感じの悪いラーメン屋」に行く。行ってみたら、やっぱり感じが悪かった。注文を聞くときの態度や、その返事が独特のリズムで、なんか「俺流」で、「店のリズムに客が合わせるべきでしょ」という感じ。別に敬語を使うとか、ハキハキと笑顔を見せて対応するとか、そうじゃない接客もあっていいと思うけど、端的に言って僕には怖い。「この店員の機嫌を損ねたらどうしよう」と、ビクつきながらメシを食いたくない。


話を分かりやすくするためにおおげさに書いたけど、実際にはそこまでヒドいわけでもなくて、「店員が怖いから行きたくない」と思うのも悔しいので行ってきた。予想通り、ラーメンはうまかったし、店員は怖かった。


その後、息子の誕生日祝いのケーキを予約しに行く(もう誕生日は過ぎてるんだけど、家族がそろうタイミングがなかったので誕生会はまだ)。新人と思われる店員が、教わりながら対応。仕事が遅いのはしょうがないんだけど、声が小さくて、聞こえない(ビニールのカーテンが降りていて、マスクをかけてるせいもあるかな?)。で、僕は情けないことに内心ムカついてしまって、そして、ムカついた自分にも狼狽して、ムカついたことをその店員に悟られないようにマスク越しに頑張って笑顔を見せようとして、でもやっぱり声が小さくて、やっぱりムカついて。結局、無事にムカつきを(多分)隠し通して店を出て、すごく疲れて、「オレ、偉くない?」とか思って。


前にも似たようなこと考えたと思うんだけど、「善い行い」をして、それが報われると信じるには(あるいは、「悪い行い」をすると罰を受けると信じるには)、宗教的な感覚(「神様が見ていてくれる」とか、「来世のために徳を積む」とか)が必要で、または「世間の目」に認められると思うことでそれを補ったりするんだろうけど、その「宗教」も「世間」も存在感が弱体化していて、現代人はSNSにハマるのかな、と思った。さすがに僕は「偉いと思うのでいいねください」みたいなツイートはしなかったけど、こうやって日記に書くことも意味としては大差ない。


(今、書きながら思ったんだけど、その「ムカつき」は僕自身の感情の問題であって、自分の感情をコントロールするのは当たり前であって、別に偉くはないな、と思った。でも、その当たり前が簡単じゃない日もあるということ)


帰宅して、昼寝。夕方に娘を皮膚科に連れていき、帰ってきて夕食の準備を半分ぐらい(残り半分は妻が代わってくれた)。


「金曜日に落ち込む」というのが3週連続で続いていて、本当にバカみたいな話なんだけど、「これってスプラをやる楽しみがないからかも?」と半分ぐらい思い始めてる。金曜は3時から6時の翻訳業を休みにした方がいいのかもしれない。

 

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(スプラトゥーン日記、第1話はこちらです↓)

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