鯖缶@3rd&forever

2児(娘8歳、息子6歳)の父のエッセイブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターあるあるなど。

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最近気づいたこと(2019年4月)

ツイッターで僕が無鉄砲につぶやいたことを、時々振り返って反省するコーナーです!(ほぼ2ヵ月以上前のツイートを再び取り上げて吟味してるのですから、「よっぽど自分のこと好きなんですね」と言われてもまったく反論できません・・・)

 

今回はこんな感じ・・・

 最近の若い奴は、みたいな話


コントや漫才とかでよく出てきそうな、人をムカつかせる後輩キャラで、「先輩が何かを説明しようとすると、かぶせ気味に「ですよね」って言ってくる奴」がいる。

 

本当にそんな奴いるか? と思ってたけど、実際にいた! 新人で入ってきて、何かを指摘しようとすると「ですよね」と言って話を遮ってくる(そして、案の定僕はムカついている)。


「話を遮るのは失礼だし、心を閉ざして人のことバカにしてるくせして”ですよね”って低姿勢を装うのも卑怯」と言いたい。


でも実際にはそんなことは言わない。言わない理由はたくさんあるんだけど、一番大きな理由は「ムカついてるから」。本当に言おうとするとかなりハイレベルな伝え方になるはずで、ムカついてる精神状態で言おうとしてもロクなことにならない。


仕事に慣れてないから先輩とのやり取りに緊張したり、過剰防衛的な態度を取るのはしょうがないし、僕がもう少し信頼してもらえれば、話を遮って「ですよね」と言われる回数も減っていくだろう。人の性格や態度を直すのは無理でも、許容範囲に調整することなら、それほど難しくはない。


けれども、「その態度何なんだよ」と説教しないのは、それが非効率だからであって、その態度を許容しているからではない。あの態度には心底ムカついている。「ですよね」っていうのは、言い訳、拒絶の始まりなわけで、人の話の一言目が済んでないうちから言い訳を始めるのは、ある種の職務放棄だろう、とは思ってる。

 

(冒頭のタメ口、敬語、のツイートとは話がずれましたけどこのままにします)


環境問題のこと


2月ぐらいに引き受けた翻訳の仕事をきっかけにして、姉妹ブログを立ち上げた(環境問題スクラップ帳)。


いろんな記事に目を通して思うのは、「気候変動」「生物多様性」ってやっぱりテーマが大きすぎて、理解するのが困難、みたいなことを思う。


「人間を原因として、標準時より「1000~10000倍」の速度で生物種が絶滅している」というような記事を目にして、「1000から10000まで幅があるのってどういうこと?」と混乱して、もう理解するのが面倒くさくなり始めてしまう。(まだ発見や分類されてない種が地球上にはものすごく多くあって、それをどう評価するかで数字に幅が出てくるんだと思うんですが、違うかもしれません。勉強中です)


人々に危機を訴える、みたいなことを考えると、「10000倍」と大きな数字を選びたくなるけど、それで「なんでいろいろ数字出てくるの? めんどくさ」となってしまうと逆効果な気がする。


僕が今のところ思っているのは、「好奇心」を失わずにものを見ていこう、ということ。「恐怖」や「エモーショナル」はかえって遠回りになりそうな気がするので。


(↓姉妹ブログにコラム書きました。ぜひ読んでみてください)

eng.savacan3rd.com

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面白いバカッターが浮かばずに悲しい

 


この、「最近気づいたこと」というコラムは、「書きながら自分の考えを整理したりほぐしたりする」みたいな、「思考のストレッチ」的な意味が自分としてはあって、2ヵ月も前にツイートしたことを振り返ると、なんだか不思議な気分になる。


多分今までも周期的に、これからも周期的に「バカッター」的なものが流行ったり炎上したりするんだろうけど、2ヵ月前には、複数の「バカッター」が回ってきたのに、今はほとんど見ない。この、潮の満ち引きみたいなメカニズムはなんなんだろう、と。


その時も「面白い悪ふざけ」みたいなものを考えて、今も考えてみたけど、全然浮かばなくてちょっとヘコんでる。


からかうほどの「権威」も特に見当たらずに、誰にでも少しずつある「先輩風吹かしたい病」とか、そういう「細かい」ものだと、逐一ツッコむ丁寧さの方が向いてるから、あんまり「痛快な悪ふざけ」が僕には浮かばない。


ハロウィンの仮装ブームのパロディとしての「地味ハロウィン」とかが、比較的人に迷惑をかけてないっぽいからいいのかな、とも思ったけど、それも正直言って「めんどくせ」という思いが近い。

 

赤瀬川原平の一連の表現は大学時代憧れた。ツイートでは、オッサンになった今考え直すとムカつくかも、と書いたけど、多分ムカつかないと思う。近いうちに読み直してみよう。

 

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マンガばかり読んでる

 

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僕は、自分の中で負けず嫌いをうまく取り扱えなかったという自覚がある。中学の頃に、将棋がいい勝負の同級生がいて、彼は負けると尋常じゃなく悔しがった。僕はそれがなんとなく怖くて、勝ちを譲ってしまったことが2度ぐらいある。今思えば失礼な話だ。


同じように、自分の中にある「負けず嫌い」にも恐怖心を無意識に抱いていて、まるで「性欲をないものとして日常をすごす」のと同じように、「負けず嫌い」をなるべく刺激しないように気をつけながら過ごしてきた。


だから、なのか。僕は「負けず嫌い」が物語化されると大体好きになる。将棋のプロ棋士とかが好きなのもそうだ(本人たちがどう思ってるかは想像も難しいけど、ファンが棋士の心境とかを想像して楽しむのは「物語」化しているわけであって)。


そんな感じで、「アルキメデスの大戦」も楽しく読んだ。勝負に勝とうと思ったら、どんな負けず嫌いでも自分の負けをしっかりと吟味しないといけない。そんな感じの話はたいてい好き(←やっぱりなんにも言ってない)。

 

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上のツイート、読み返すと「あんまり面白いと思ってない」ことが伝わってくる気がする・・・


「つまらない」と思うことより、「面白い」と思うことを発信した方がいい気がして、今までなんとなくそうしてきたけど、なんでなのかイマイチ自分でもよくわかってない。


「〇〇なんてつまらないんだよ」っていったら誰かを怒らせるんじゃないか、と無意味にビビってるだけのような気もするので、今ちょっと考えてみたい。


あ、「響」は、「ちょっとだけ面白い」でお願いします。 

 


その他のツイート

「メモを取る」みたいなつもりでツイートしていることが多いので、自分的に覚えておいてもいいかも、ということを貼りつけておきます。



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