昨日妻と話して。
— 鯖缶 (@savacanmemo) 2019年2月7日
子どもに、「真剣にやりなさい!」って怒るだけでは、別に真剣にやらないよね、と。親は、真剣にできるものを見つけるのを手伝ったり、真剣になれるタイミングを待ったり、うまくその状況に誘ったり、する方がいいよね、と。
(なかなかそれが難しいんだけど)
うちの妻は穏やかな人間で、一緒にいても「不機嫌」と「上機嫌」の見分けが難しいほど。誰かの悪口を言うこともないし、僕が家事で失敗しても責めるそぶりをまったく見せないことがほとんどだ。
そんな妻でも、自らの子どもに対しては時々キツい口調になるのだから子育ての「ままならなさ」は濃密だ。
夜。娘(7歳)がベソをかくのを、「真剣にやりなさい! 真剣にやらないと意味ないでしょ!」と叱りつける妻の声がする。娘と妻の間で約束していた筋トレがグダグダになって、妻はどうしてもそれが許せず叱りつけてる。なんとか「あと2回だけ腹筋」みたいなことで折り合いがついて、その日のトレーニングは終わった。
すでに布団に入っていた僕には、少し葛藤があった。「真剣になりなさい!」っていう叱り方はちょっと雑だな、ということを伝えたいんだけど、先に寝て子どもたちの相手を任せてる妻に対して、責めないようにそれを伝えるのが難しい。
次の日、妻と話す時間があって。「子どもたちは、何にでもすぐ集中できる(逆に言うと他のことにすぐ集中してしまうんだけど)んだから、子どもが真剣になれる手順を準備するのがいいんじゃないか」「これができたらご褒美、みたいなことはインフレを起こす(より刺激のあるご褒美が必要になる)ので結果あまり意味がない」みたいなことを話し合った。
妻も、「筋トレを見るのとかだと、なんかそうなっちゃう」と言って苦笑い、という感じ。娘が習いごとの新体操をやめたいと弱音を吐いていて、それが「周りの子ができることが自分ができないのが悲しい」みたいなことらしく、「トレーニングしたらできるようになるかも」みたいに約束したことらしい。
結局、「寝る前は子どもも親も不機嫌なことがあるから別の時間のほうがいいかも」「できないことを無理にやると当然集中できないから、手押し車とか、子どもが面白がる運動にしたほうがいいよね」みたいなことを話した。
実際話した時間は5分ぐらいなんだけど、話せてよかった。僕も妻も、ちょっと溜め込んだものを出して、リラックスできた気がする。リラックスできないと、集中もできない。
この5分が取れるかどうかってもちろん重要だと思うんだけど、実はそんなに簡単じゃない。結果的に5分で話は終わったけど、「ひょっとしたらもっと長くなったりケンカみたいになったりするかも」と覚悟しないと話さないわけで、それを面倒に思わずにいられるタイミングが、夫婦の間で合うかどうか。
まあ、簡単ではないとは言っても、それほど難しい話とも違う気がするので、ダラダラ話していきたいな、とは思ってる。
(娘が習う新体操の先生が素晴らしくて、ただそれを書いた記事もあります↓)