20代の頃、コールセンター夜勤バイトの最中に、隣にいた先輩が、「子犬って何キロぐらいあるか知ってる? 体重5キロだと重いのかな、軽いのかな」と聞いてきた。僕には見当もつかなかったから、「さあ…」と答えるしかなかったんだけど。
普段無口なその先輩が珍しく話しかけてきたから覚えてる。その先輩は電話がほとんどかかってこない時間帯に、内職で小説の翻訳をしていたのだ。
「5キロほどの、5キロもある、5キロしかない…」などとブツブツ言っている。つまりこういうことだ。原文の描写の中に、わざわざ犬の重さに言及があるということは、その子犬を「大きく頑丈なもの」「小さくか弱いもの」のどちらかで演出しようとしているのか、意図を読み取って訳さないといけない、と。
原文がどうだったのかも、先輩がどう訳したのかも知らないけど、「翻訳、楽しそうだな」とは思って、よく覚えてる。
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(スポーツで)He is a smart player.と出てきた時に、「彼はクレバーな選手だ」ってカタカナ語使って訳すの、めっちゃ勇気いるんだけど、好き。
— 鯖缶 (@savacanmemo) 2018年10月22日
(日本語の「スマート」だと意味がズレるし、「賢い」とか言うと偉そうでトーンがズレるので)
これは、この前ふと思い出したことを、ツイッターでメモしておいたもの。
「smart」をどう訳すか。日本語でも、スマート家電、スマートウォッチ、もちろんスマートフォン。おそらく、「スマート」と訳しても意味は通じるだろう。だけど、「スマートな選手」という言い方はあまり聞かない。気取った言い方に聞こえてしまうかもしれないし、一瞬「スリムでスタイリッシュな」ということかと誤解もしそう。
だったら、「賢い選手」ならどうか。おそらく、全く問題ないだろう。だけど、僕には「賢い」という言い方は、ちょっと「上から目線」を感じる。大人が子供を、教師が生徒を「賢い」と認めるようなイメージ。だから、スポーツ実況で、ファンが見ている前提の言葉選びとしてふさわしいのかどうか。
そこで、「クレバーな選手」というワードチョイスはどうか。僕としては、これが一番いい気がする。でもなんというか、英語を別のカタカナ語に訳すのって、「勇気がいる」チョイスなのだ。
翻訳者にとっての御法度は、自分の好みや認識不足で、原文の内容やニュアンスをねじ曲げてしまうこと。極端な話、「このセリフつまらないからカットしちゃおう」という翻訳者がいたら、原作者にもファンにも「裏切り者」以外の何者でもない。
だから、「smart」を「クレバー」と訳すのは怖い。「smart→スマート」「smart→賢い」には、「翻訳者の勝手な好み」は入っていないような気がするけど、「smart→クレバー」はあからさまに翻訳者の判断、が入っている。「その選手を形容する言葉としてcleverではなくsmartを選んだのに、その原文の意志を尊重しないのか?」と、一瞬そんな思いに襲われる。
でも、翻訳はそもそも「翻訳者のエゴで訳語を選んでいくしかない」ものだ。そのエゴが自分勝手なものなら原文をねじ曲げたものになるけど、「原文の意図」を憑依させるようにしたエゴなら、正確かつ生き生きとした翻訳が作れるはず。
「勇気がある」ということは「怖がらない」ことではなく、「怖いと思って、でもそこから逃げないことだ」と、多分どこかの名言集に書いてあるそのとおりに、僕は「彼はクレバーな選手だ」と訳してみたい。
翻訳の面白さを思い出せるような場面に出会ったら、また紹介していきたい。
※ところで、smartとcleverは多くの場合入れ替え可能で、ニュアンスの違いはほとんどない、と思っていいようです。「cleverには「ずる賢い」というニュアンスが入る(ことがある)」という説明も見ますが、smartだって皮肉で使えば悪い意味になり得るでしょう。
※以下、参考までに。
・コウビルド英英辞典より引用(smartの項)
You can describe someone who is clever as smart.
・メリアム・ウェブスター英英辞典より引用(smartの項)
showing intelligence or good judgment
(↓英語でのフォーラム。ネイティヴでも意見が分かれています)
meaning - Difference between "smart" and "clever" - English Language & Usage Stack Exchange
(↓日本語記事。シンプルにまとまっていてわかりやすいです)
clever(クレバー)とsmart(スマート)の違い | ネイティブと英語について話したこと
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