スノーボーダーの國母和宏さんについての記事が、1年前ぐらいのナンバー(スポーツ雑誌です)に載っていて、面白かった。
國母和宏、と言われてピンと来る人って、果たしてどの程度いるだろうか?「2010年のバンクーバーオリンピックの際、スーツのパンツを腰で履いて、バッシングを受けたスノーボード選手」と説明されたら、なんとなく思い出すだろうか?
その、バンクーバーオリンピックの時のことも、半年前(1年以上かも?)に読んだ記事のこともうろ覚えなんだけど、ちょっと個人的に考えをまとめておきたい。
その記事で面白かったこと。
スノーボーダーにとっては、オリンピックでの勝利が最高の栄誉というわけではない。
プロ選手としてスポンサーがつくかどうか、ファンや他の選手からリスペクトされるかどうかの要素として、オリンピックの出場やメダルが最重要ではないらしい。
Xゲームという、エクストリームスポーツを集めた大会が盛り上がることで、オリンピックの価値が相対的に下がることもある。それと、バックカントリーがある。通常のゲレンデではなく、自然の雪山に挑んで、そこを滑り、それを動画に収めて発表する。「俺のほうがより自由だぜ」と表現するのだ。そういうジャンルも、競技と同様に(あるいはそれ以上に)尊敬されているようだ。
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要するに、「カッコいいこと」こそが重要。
より自由に。よりファッショナブルに。國母さんが公式のスーツを崩して着たのは、そっちのほうがカッコいいからで、でもそれは「反抗的な態度でカッコつける」ことが目的というよりは、「自分がカッコいいと思うスタイルで現地入りする方が自然だし、競技に集中できるから。オリンピックでも勝ちたいし、権威をナメてるわけじゃない」というようなことだったのかなあ、と。
(ここまで書いておいて非常に申し訳ないのですが、正直うろ覚えで、記事の内容と全然違うかもしれません。ごめんなさい。もちろん、本人の意図については僕のような缶詰ごときがジャッジできるはずもありません)
でも、その態度を面白く思わない人もいるし、誰かが誰かに厳重注意したり、競技出場を辞退させろ、みたいな、ある種の騒動に発展した。
(↑ウィキペディアでも、触れられています)
國母さんの服装や、態度を「けしからん」という人がいて、または「けしからん」と言わなきゃいけない立場の人もいるだろう。一方で、「カルチャーを尊重しろ」「出場を辞退させるなんて、国際的にはむしろ恥」とか言う人もいる。
僕が当時思ってたこと。
誰でもいいから、「どっちでもいい」って言ってくれないかなあ
だった気がする。「公式スーツを崩して着るのはアリか、ナシか」を「気合入れて」議論しちゃうと、どうせ「ナシ」になっちゃうと思うから。
つまらない正論にだって、それなりの役割があると思うし、正論らしきものが宙ぶらりんになっちゃうと、それはそれでものごとが円滑に回らない。
でも、だからこそ、
「たかが正論でしょ?」
っていう目線がないと、息苦しい。
会社でも同じだ。なにか細かい問題があって、それを解決しようと会議をする。すると、どうせ、正論が勝ってしまうのだ。それはある程度しょうがないとして、僕が「なんとかならないかな」と思っているのは、正論に便乗してくる勢力だ。
例えば、会社のドレスコードに、「華美な服装を禁じる」とあり、その具体例として「胸の谷間は見せない」、の記載があるとする。その規定にしばしば違反する女子社員Aがいて、社内の風紀を若干乱している。ここで、話をややこしくするのが、Aのことを嫌いな女子社員Bが、「Aさんは胸を出しすぎています」と上司に訴えるパターンである。
ここで、上司が真面目な人間だと、さらに話がややこしくなる。服装規定に、「胸の谷間」の定義と、「胸の谷間が見えること」の規定が書いてない!と、総務部に問い合わせる(総務部なんですかね?僕にはわかりません)。総務部でも、議論は紛糾し、「トリンプに問合わせた上で回答」とかなる・・・
どっかのタイミングで、誰かが、
「どっちでもよくね?」
と、言うべきだったのだ。
(誓って言いますが、僕の会社で実際にAさんがいるわけでもないし、僕が個人的に胸の谷間を容認している、というわけでもありません)
(↓短いドキュメンタリーみたいな動画がありました。おすすめです!)
國母和宏― スノーボードの歴史に名を残したいKazu Kokubo Interview - YouTube
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