鯖缶@3rd&forever

2児の父の雑記ブログです。子育て、英語ネタ、コールセンターネタ(クレーム対応)などが中心です。

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「目的」と「手段」を柔軟に交換しろ(英語の勉強に使えるアイデア⑦)

英語の参考書とか、TOEIC対策本とかの実用書にも、大抵「前書き」はあって、大抵の場合「当たり障りのない良心的なこと」が書いてあって、あまり印象に残らなかったりする。

でもその中で、僕が印象に残っている言葉がある。「英語を学ぶではなく、英語で学ぶようになってください」という主旨の応援メッセージだ(どの本に載っていたのかはすみません、もう忘れました・・・)。この言葉には、厚みのあるリアリティを感じた。

「英語の勉強をする」ということを、目的にしても、実感が湧きにくい。だが、「英語で勉強する」ならわかる。「英語を使って情報を得る」「英語を使って発信する」「英語を使って、伝え合う」と、英語を手段として使うことには、手応えを感じやすい。

英語を学ぶ過程でも、「英語力がアップすればOK」と思っていると、自分がどこに向かっているか分からずに、モチベーションの維持が難しい。できれば、「英語を使って何をするのか」について、具体的なイメージを持っていたい。

と、ここまで書いて、一方で
「英語を手段として捉える、って案外ハードル高くないか?」
とも思う。

「仕事で英語を使う」レベルって、いきなりは到達しにくいし、実際に英語ができるからといって、それが使える仕事に恵まれるとは限らない。「趣味やプライベートで英語を使う」といっても、それはそれでハードルが高い。「英語を使わなくてもてもアクセスできる娯楽」なんて、いくらでもあるからだ。

 

目的や手段なんて、モチベーションを調達するための便宜的なもので構わない

だから、ひょっとしたら「目的」や「手段」は、自分の都合のいいようにその都度調整していけばいいのではないだろうか? 優先順位をつけるための便宜的なもの、と捉えればいい気がする。

例えば、「TOEICのスコアが上がっても、それだけでは意味がない」という真実があったとする。でも、そんなことを大げさに考えたりする必要はない。そんなことは、スコアが上がってから考えればいい。

「初心者の間は、実力アップを実感しにくい」
「学習の進捗を確認する手段として、TOEICを受ける」
「TOEICのスコアが上がっても無意味とかそんな些細な考えにはいったん目をつぶる」
「TOEICのスコアアップを学習の目的として、便宜的に設定してしまう」

そうすると、いつの間にか「英語の勉強」が、「スコアを上げるための手段」になっている。例えば、そんなことでいい。「手段」と「目的」を意識することによって、短期的な計画、中期的な計画が立てやすくなるからだ。

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僕はアメフトにハマって、英語が「手段」になった。

僕自身の学習過程から、実例を振り返ってみる。
翻訳の勉強の息抜きに、アメフトの試合の英語中継を見るようになった。NHKBSのNFLのゲームを録画して、副音声の英語で、少しずつ見るのだ。本当は、バスケ(NBA)やサッカーのほうが馴染みがあったのだが、アメフトを見ることにした。
マンガ「アイシールド21」が好きだったので一度見てみたかったというのが1つ。もう1つは、アメフトは1プレイ1プレイ状況が止まるので、「予定より課題が進んだから、30分だけ休憩」みたいなときに見るのに向いていたのだ。もちろん連続で見るほうが楽しいんだけど、試合の途中から見ても十分楽しめる。

さて、この時点でNFL観戦は、「リスニング力アップのための勉強」に過ぎなかった。でも、ある日気がついた。NFL観戦、面白いからいっそのことハマってみよう、と。すると、試合の実況を聞くことは「勉強」ではなく「観戦をより楽しむための手段」として、より実感を伴った営みになってくる。
そして、僕はさらにハマってみることにした。単なる観戦でも十分に楽しかったのだが、「ファンタジーフットボール」という、予想ゲーム(僕がやったのはお金のかかっていない遊びのものでした)を始めたのである。
これは、実際のNFLの試合に合わせて、「どのチームのどの選手が活躍するか」の予想を競い合うゲームで、例えば10人の参加者がオンライン上でリーグを作って、シーズンを戦う、というものである。
僕は、このリーグに6つ参加して、それぞれ優勝を目指すことに決めた。つまり、「目標の便宜的な設置」である。実際に優勝しても何かを得るわけではないが、そんなことはどっちでもいい。「この予想合戦に勝つこと」を目標とすると、「各試合のチーム同士の実力差や相性」、「ケガ人の動向」、「試合当日の各地の天気予報」などの情報収集が必要になり、莫大な量の英文記事を読む必要が出てくるからだ。

僕がこの実例で何を言いたかったかというと、「目的」と「手段」は便宜的なもので構わない、ということだ。「稼ぐことがブログの目的」であれば、記事を書いたりすることは「手段」となるし、「ブログを続けるには、少しでも収益があったほうが励みになる」のであれば、「稼ぐ」ことが「手段」となる。その時々で、自分にとって説得力のある考え方を採っていけばいい、と思う。

多くのブロガーに、おすすめの英語勉強法がある。英語の勉強を、ブログのネタにしたらいい。ただなんとなく英語を勉強するよりは、よほど手応えを感じやすくなるはずだ。

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